おはようございます。
株式会社NLPフィールドの酒井です。
何かそこに足を踏み入れたとき、
スーと気持ちが静かになるところや
自分の感性が研ぎ澄まされることはありませんか?
最近はパワースポットが流行っていますが
伊勢神宮、明治神宮、出雲大社など
確かに足を踏み入れると
外の喧騒とはことなる静かな流れを感じることがありますね。
今週のテーマは「神聖な瞬間(感覚)」です。
私も神聖な瞬間や感覚になったことはいくつかありました。
その中でも、プラクティショナーコースの仲間と一緒に
富士山に登ってご来光をみたときは、
神聖な気持ちになりました。
これまで、(株)ピークパフォーマンス(現:(株)チームフロー)で
ピークパフォーマンスコーチングアドバンスというコースの
講師を平本さんとともにさせてもらっていました。
そして、それをさらに高めようと
NLPトレーナーコースに参加し、
始めてNLPの本当の意味での素晴らしさを
クリスティナホール先生に教えてもらいました。
そして、自分の中でNLPのコースを開催しようと
決意しました。
それから、準備期間を経て
NLPプラクティショナーコースを初めて開催したとき
いつも応援してくれたり懇意にしてくれた仲間が
集まってくれました。
その中でも、特に心から応援してくれたのが
レインボーさんこと森川朕光さんでした。
彼も自らの道を決意して、
ともに高みを目指していこうと誓い合いました。
その彼や仲間から
私の誕生日だったか、退院祝いだったかに
何かしたいことがあるのか?と聞かれました。
海外の人からNLPを学び、触れ合うにつれて
私の中で日本人としてのアイデンティティがうまれてきていたので
死ぬまでに一度富士山に登りたい、という想いを話しました。
そうしたとき
彼らが富士山の登頂計画をしてくれました。
それが、NLPプラクティショナーコース第一期の終了時だったのです。
コースで昇る参加者を募り、(私の妹もいました)
私たちの達成する目標を富士山の登頂と重ね合わせました。
また参加者は、どこから聞きつけたのか
コース参加者以外にも膨れ上がりました。
そして、当日。
レインボーさんが計画してくれたコースを
みんなで昇っていきます。
コースの始めは、かなり整理された道でしたが
やがては、ごつごつした岩ばかりになっていきます。
また、驚いたことに
登山者が溢れていて、
山頂付近では渋滞になるほどでした。
登頂でも酸素不足などで
さまざまなドラマがありましたが、
渋滞で日の出の時間までの登頂できない可能性が
生まれてきました。
そこで、私の妹が
渋滞の道以外の道を上り始めました。
彼女の行動力には驚かされましたが
私も彼女の後に続き、
なんとかご来光の時間までに
登頂にたどり着きました。
そして真っ暗な闇が
だんだんと明るくなります。
星たちと
大きく広がる雲海の間に
なんともいえないオレンジと青の入り混じった
言葉にできない光景が広がっていきます。
方々から、太陽が出るぞ!!
という声が聴こえてきます。
そして、光溢れる円弧が
地平線のかなたから顔をだしてきました。
そのときは、たくさんの人が
居たにもかかわらず
本当に心静かでおだやかな瞬間でした。
その空と一体になったような感覚です。
そして、近くに妹がいたことも
なぜか不思議なつながりをさらに感じることが
できました。
富士山から下山して
帰りのレインボーさんとバスの中で
お互いの道を進むために
しばしのお別れをすることになりました。
あのときのバスの風景もまた
目に焼きついています。
あのときから、誓いが始まったんだな、、、
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2011年05月31日
2011年05月26日
自分の想いと繋がる
皆さん、こんにちは。Fumikoです。
今週のテーマは「英語」。
かれこれ16年前に転職がきっかけで渡った香港では
ありとあらゆるカルチャーショックが私を襲いました。
その中でもかなり衝撃的だったことのひとつが
ほとんどの人が最低3か国語、もしくは4ヶ国語を
話せるということでした。(!!)
母国語である広東語(中国語のひとつ)に加えて、
北京語、英語は当たり前、そして
日本への留学経験がある人だと、それに日本語が話せ
または家族の事情などでカナダで生まれたという人は
フランス語が話せるのでした。
つまり、“英語を話せること“というのが
何の自慢にもならないくらい普通のことだったのです。
「この人たち、いったいどういう頭の構造をしているんだろう?と」
当時の私は、自分の才能のなさにかなり落ち込みながら、考えたものです。
そして、香港の街に根を張って暮らしていくうちに
香港人と日本人の大きな違いに気づくことがありました。
それは
「香港人は英語を決して上手く話そうとはしていない」
ということでした。
私の住んでいたアパートは「チムサーチョイ」という
香港の中心にあり、周囲には美味しい地元の食堂から、
市場、果物屋さんなど、生活に密着したありとあらゆるものが
手にはいるとても便利なところでした。
そしてある日のこと、
いつも利用する小さな八百屋さんの太ったおばさんが、
西洋人相手に、おそろしくへたくそな英語で
自分のお店の大根を売りつけているのを目撃しました。
いかにその大根が、余所では手に入らないくらい、
新鮮で美味しいものかを売り込んでいるのです。
発音は、お世辞にも上手いとはいえず、文法だってかなりいいかげん。。。。
でも、なんとその西洋人は、おばさんに勧められた大根を買っていったのです!
つまり、コミュニケーションがとれていたということです。
そのおばさんが、どこかの英会話学校に通っていたなんて到底思えません。
多くの日本人が、最低6年間は英語を学び、
中には非常に難しい受験英語の単語を沢山知っているのに、
いざとなると英語を話せないと思っているとはよく言われます。
英語を話すこと=目的 ではなく、
その先にあるもの、
例えば大根を買って欲しい、とか、
あの人に好きだと伝えたい!とか、
その人が心の底から望んでいることと繋がることができれば
上手かどうかとか、正しいかどうかにかかわらず
英語でもコミュニケーションは充分、とれるのです。
この私が、そうやって香港で生きていくことができたのですから。
人の想いって本当に不思議です。
まずは「上手に」とか「正しく」というのを手放して
自分の内側にある想いに繋がってみませんか。
2011年05月24日
良いフィールドと目的意識
おはようございます。
株式会社NLPフィールドの酒井です。
以前からFacebookを始めているのですが、
そのマーケティング戦略などを行なっている
(株)メンバーズのミニセミナーに参加してきました。
日本ではmixiやtwitter等もはやっていますが
第三の勢力としてFacebookはかなり注目されています。
Facebookは、ソーシャルメディアとしての利用者数
をほとんどの国で1位を取っているにも関わらず、
3国ほどだけが、1位を取れていないと聞きました。
その3国のうちの一つが日本だそうです。
今週のテーマは「英語」です。
facebookの強みはよく実名ということを言われていますが
本当は全世界とのネットワークにあるようです。
これまでもインターネットで繋がってはいましたが
リアルな名前とともに交流が可能となるため、
さらに世界の情報の信憑性の高さや速度感が高まると考えられます。
一つのインターネット社会の成熟さをあらわしているのかもしれません。
そしてまた、インターネットとリアル世界の双方向の交流や融合にも
近づき始めるかもしれません。
そのなかで、英語を理解しておくのは
世界的な知恵を吸収できる機会が広がるともいえるでしょう。
私自身も英語をまた学び始めようかと考えています。
そして、磨きをかけることができたら
もっと自由な世界に足を運んでみることもできたらいいな、
と思っています。
では、英語をどのように学べばよいか?
良い空間と目的意識をまず持ってみるのはいかがでしょうか?
何のために英語を学びたいのか?
そして、英語自体を学ぶために楽しめる方法は何か?
を追求していけばいいでしょう。
そのためには、楽しくなるような空間(友人や環境など)を
求めたり、設定してみたりすればいいのかもしれません。
あとは、必要性を高めていく方法もあります。
英語を学ばないと、生活に困るというような状況を作ることです。
私も今、いろいろと試しています!
株式会社NLPフィールドの酒井です。
以前からFacebookを始めているのですが、
そのマーケティング戦略などを行なっている
(株)メンバーズのミニセミナーに参加してきました。
日本ではmixiやtwitter等もはやっていますが
第三の勢力としてFacebookはかなり注目されています。
Facebookは、ソーシャルメディアとしての利用者数
をほとんどの国で1位を取っているにも関わらず、
3国ほどだけが、1位を取れていないと聞きました。
その3国のうちの一つが日本だそうです。
今週のテーマは「英語」です。
facebookの強みはよく実名ということを言われていますが
本当は全世界とのネットワークにあるようです。
これまでもインターネットで繋がってはいましたが
リアルな名前とともに交流が可能となるため、
さらに世界の情報の信憑性の高さや速度感が高まると考えられます。
一つのインターネット社会の成熟さをあらわしているのかもしれません。
そしてまた、インターネットとリアル世界の双方向の交流や融合にも
近づき始めるかもしれません。
そのなかで、英語を理解しておくのは
世界的な知恵を吸収できる機会が広がるともいえるでしょう。
私自身も英語をまた学び始めようかと考えています。
そして、磨きをかけることができたら
もっと自由な世界に足を運んでみることもできたらいいな、
と思っています。
では、英語をどのように学べばよいか?
良い空間と目的意識をまず持ってみるのはいかがでしょうか?
何のために英語を学びたいのか?
そして、英語自体を学ぶために楽しめる方法は何か?
を追求していけばいいでしょう。
そのためには、楽しくなるような空間(友人や環境など)を
求めたり、設定してみたりすればいいのかもしれません。
あとは、必要性を高めていく方法もあります。
英語を学ばないと、生活に困るというような状況を作ることです。
私も今、いろいろと試しています!
2011年05月23日
私たちは、“言葉の感覚”を使って話しています。
「ふとんがふっとんだ。」
子供の頃に聴いたことのある
ダジャレです。
ローマ字で書くと
Futon ga Futton da.
リズム感もあるし、
その光景があり得ない物なので
子供心に印象に残ったことば
私たちにとって、
最初のダジャレ経験の一つ
なのかもしれません。
これを翻訳しても
あまりおもしろくありません。
英語では「ふとん」は「futon」でも
あえて掛け布団と敷き布団に分けてみると
bedding と mattress
とも表現できますので、
A futon was blown away.
A bedding was blown away.
A mattress was blown away.
となって、リズム的には
当たり前の、そして、表現的にも
ダジャレ特有の、「その光景を想像してしまう」という
たとえ話効果のような物は
消えて無くなります。
どうも、私たちは
単語、文法だけで表される以上の
言葉の音、リズム、見た目といった
言葉の中でも
言葉で言い表せない部分の“言葉の感覚”を
使ってコミュニケーションをしていることに
気付いてしまいます。
これが、そして、
むしろそのリズムや感覚が
あるばかりに、
相手の話を、言葉の意味するところ
以上に自分の世界で解釈している
かもしれないのです。
そして、これは新しい言葉、
使い慣れない言葉を
使い始めたときに
気付くと同時に
沢山の言葉の発見
話をすることの発見が
生まれるわけです。
ちょうど、子供の頃
お母さんが出かけたとき
お父さんの「(手慣れてない)男の料理」を
食べさせられて
「お母さんのありがたみ」を
感じるような物かもしれません(笑)
これを僕自身は、
英語を使って、コーチングを学ぶという
体験を通して、実感しました。
そしてまた、英語でコミュニケーションをする
ことに、
自分がこれから表現していくこと
相手の話を真摯に聞くことに
対しての新しい感覚
・・・ちょうど左手でご飯を食べたり、
字を書いたりするもどかしさと
うまくなっていくのを実感する
楽しさ
の楽しみを見いだし始めた感じがします。
私たちが、これまでの何十年か
慣れ親しみ使いこなしてきた
日本語の良さと、慣れによる言葉に対する雑さ
に気付くことができたら
自分の話すこと
相手の話を聞くことによって広がる世界は
より、素敵な物になるかもしれませんね。
Watch your watch.
(あなたの時計を見て!)
今はこのくらいしか思いつきませんが
そうですね、
英語でも、話し手の言葉遊びに
笑いでついて行けるようになること
ちょっとした目標です。
といってもいつも、
言葉のことばかり考えるのではなく
言葉の中身も大切だと考えることは
良い話にとって書くことはなしですね。
今日は、英語について書いてみましたが
表現する言葉は、なんであれ。
表現以上に伝わるのは、あなた自身の姿勢だ
ということも知っておくことは大切ですね。
そしてまた、
表現に惑わされず、
相手の姿勢や、真意を受け取る自分の姿勢も
また、大切だということ。
そう、話すときも聴くときも
Mind your mind!
ですね。
では。
子供の頃に聴いたことのある
ダジャレです。
ローマ字で書くと
Futon ga Futton da.
リズム感もあるし、
その光景があり得ない物なので
子供心に印象に残ったことば
私たちにとって、
最初のダジャレ経験の一つ
なのかもしれません。
これを翻訳しても
あまりおもしろくありません。
英語では「ふとん」は「futon」でも
あえて掛け布団と敷き布団に分けてみると
bedding と mattress
とも表現できますので、
A futon was blown away.
A bedding was blown away.
A mattress was blown away.
となって、リズム的には
当たり前の、そして、表現的にも
ダジャレ特有の、「その光景を想像してしまう」という
たとえ話効果のような物は
消えて無くなります。
どうも、私たちは
単語、文法だけで表される以上の
言葉の音、リズム、見た目といった
言葉の中でも
言葉で言い表せない部分の“言葉の感覚”を
使ってコミュニケーションをしていることに
気付いてしまいます。
これが、そして、
むしろそのリズムや感覚が
あるばかりに、
相手の話を、言葉の意味するところ
以上に自分の世界で解釈している
かもしれないのです。
そして、これは新しい言葉、
使い慣れない言葉を
使い始めたときに
気付くと同時に
沢山の言葉の発見
話をすることの発見が
生まれるわけです。
ちょうど、子供の頃
お母さんが出かけたとき
お父さんの「(手慣れてない)男の料理」を
食べさせられて
「お母さんのありがたみ」を
感じるような物かもしれません(笑)
これを僕自身は、
英語を使って、コーチングを学ぶという
体験を通して、実感しました。
そしてまた、英語でコミュニケーションをする
ことに、
自分がこれから表現していくこと
相手の話を真摯に聞くことに
対しての新しい感覚
・・・ちょうど左手でご飯を食べたり、
字を書いたりするもどかしさと
うまくなっていくのを実感する
楽しさ
の楽しみを見いだし始めた感じがします。
私たちが、これまでの何十年か
慣れ親しみ使いこなしてきた
日本語の良さと、慣れによる言葉に対する雑さ
に気付くことができたら
自分の話すこと
相手の話を聞くことによって広がる世界は
より、素敵な物になるかもしれませんね。
Watch your watch.
(あなたの時計を見て!)
今はこのくらいしか思いつきませんが
そうですね、
英語でも、話し手の言葉遊びに
笑いでついて行けるようになること
ちょっとした目標です。
といってもいつも、
言葉のことばかり考えるのではなく
言葉の中身も大切だと考えることは
良い話にとって書くことはなしですね。
今日は、英語について書いてみましたが
表現する言葉は、なんであれ。
表現以上に伝わるのは、あなた自身の姿勢だ
ということも知っておくことは大切ですね。
そしてまた、
表現に惑わされず、
相手の姿勢や、真意を受け取る自分の姿勢も
また、大切だということ。
そう、話すときも聴くときも
Mind your mind!
ですね。
では。
2011年05月17日
なんだろうこの感覚・・・
おはようございます。
株式会社NLPフィールドの酒井です。
5月になると
風の感覚が心地よくなります。
みどりが生え、
うすいブルーのようなイメージの風が
その間をすり抜けていく。
そのふれあいの中から
とてもユニークな木々のダンスが生まれてきます。
今週のテーマは、「(こいのぼりが)なびいている感覚」です。
こいのぼりが風になびく感覚は、
自分のこだわりがなく
なにかと一つになっていくような感覚が浮かびます。
風は川の流れと同じように
一瞬たりとも同じモノはありません。
こいのぼりは、その風を避けることなく受け入れています。
しかし、そのままの風に流されてしまうと
遠くへ遠くへと飛んでしまうために
しっかりと何かに繋がれています。
そして、その場所を軸にしながら
風の吹くままに流れていきます。
そして、私たちは空を泳いでいるように見ています。
止まっているのに
移ろう風の中で動いているかのように感じているのです。
こんなことを考えていると
わたしのなかで何かが立ち上がりました。
今、忙しくしているけれど
動き回っているように思えるけれど
それはもしかしたら錯覚かもしれない、という感覚です。
なんだろう、この感覚は。
気持ちいいのだけれども、
同時に何か違和感のようなものも
感じます。。。
株式会社NLPフィールドの酒井です。
5月になると
風の感覚が心地よくなります。
みどりが生え、
うすいブルーのようなイメージの風が
その間をすり抜けていく。
そのふれあいの中から
とてもユニークな木々のダンスが生まれてきます。
今週のテーマは、「(こいのぼりが)なびいている感覚」です。
こいのぼりが風になびく感覚は、
自分のこだわりがなく
なにかと一つになっていくような感覚が浮かびます。
風は川の流れと同じように
一瞬たりとも同じモノはありません。
こいのぼりは、その風を避けることなく受け入れています。
しかし、そのままの風に流されてしまうと
遠くへ遠くへと飛んでしまうために
しっかりと何かに繋がれています。
そして、その場所を軸にしながら
風の吹くままに流れていきます。
そして、私たちは空を泳いでいるように見ています。
止まっているのに
移ろう風の中で動いているかのように感じているのです。
こんなことを考えていると
わたしのなかで何かが立ち上がりました。
今、忙しくしているけれど
動き回っているように思えるけれど
それはもしかしたら錯覚かもしれない、という感覚です。
なんだろう、この感覚は。
気持ちいいのだけれども、
同時に何か違和感のようなものも
感じます。。。
2011年05月16日
泳ぎ続けること、呼吸し続けること
マグロは、一生泳ぎ続けます。
泳ぎ続けないと、呼吸ができなくなります。
水の外にいて、何の気なしに
呼吸をしている・・・と思っている
私たち人間にとっては
「マグロさん、大変ですねぇ」とでも
言いたくなる気がします。
特に、泳ぎにあまり良い思い出がなかったり
あまり得意ではなかった人にとっては
「泳ぎ続ける?」もはや、アウトオブクエスチョンです。
ところが、もし、マグロの視点と、マグロの言葉が
分かるカメラがあったとしたら
彼らは、どんなことを言っているのでしょうか?
「人間さん、大変ですねぇ」わざわざ、鼻腔やら
喉の粘膜を通して、酸素に湿り気を与えてまで
どうして、水の外で呼吸するんですか?
「水の外で生き続ける?」もはや、アウトオブクエスチョンですね。
そもそも、身体の仕組みが、それぞれの
生態に合う形で成長しているのですから
互いの当たり前のところ、
それぞれの大変なところは
ある意味、それぞれが理解できないことは
想像の範囲かもしれませんね。
しかし、それぞれにまた、
当たり前にできることもたくさんあります。
どんな存在にも、もちろんどんな人にも
その人が、活きる場所や状況があります。
マグロが、大海原を勢いよく泳ぐように
どんな存在にも、勢いよく、悠々と泳ぐ
場面や状況があります。
その状況で、人間は、マグロのようには
泳ぐことはできませんし、
そもそも、大海原でマグロのように
泳ぐ必要もありません。
それぞれの人が、活きる場所が
必ずあること、そのことに気付いて
信じ続けることで、
誰もが、自分の存在を信じ、活かすことができる
場所と出会うことできそうです。
あなたが、もし、あなたの持てる力で
勢いよく泳ぐ必要ができたとしても
あなたが実践するだけでなく、
ときには、勢いよく泳ぐことが
得意な、たとえば、マグロの力を
借りることができると言うこと。
それを許すことができさえすれば
あなたは、周りの力を引き出せる
自分の力を何倍にも活かせる存在になれそうです。
まずは、
あなたが、一生泳ぎ続ける必要はなく
マグロが、地上で呼吸し続ける必要もないということ
適所に適材が配置できれば
それこそが、それぞれの力を
うまく活かす方法なんだと言うこと。
そこから、あなたの周りの人たちの
良いところ、行かせる場所を探し始めてみませんか?
もちろん、あなた自身の力を活かすのも
同じ方法でいいはずですから、
まずは、自分から始めるのも良いかもしれませんね。
今週も、ちょっとした探求から始めてみましょうか。
では。
泳ぎ続けないと、呼吸ができなくなります。
水の外にいて、何の気なしに
呼吸をしている・・・と思っている
私たち人間にとっては
「マグロさん、大変ですねぇ」とでも
言いたくなる気がします。
特に、泳ぎにあまり良い思い出がなかったり
あまり得意ではなかった人にとっては
「泳ぎ続ける?」もはや、アウトオブクエスチョンです。
ところが、もし、マグロの視点と、マグロの言葉が
分かるカメラがあったとしたら
彼らは、どんなことを言っているのでしょうか?
「人間さん、大変ですねぇ」わざわざ、鼻腔やら
喉の粘膜を通して、酸素に湿り気を与えてまで
どうして、水の外で呼吸するんですか?
「水の外で生き続ける?」もはや、アウトオブクエスチョンですね。
そもそも、身体の仕組みが、それぞれの
生態に合う形で成長しているのですから
互いの当たり前のところ、
それぞれの大変なところは
ある意味、それぞれが理解できないことは
想像の範囲かもしれませんね。
しかし、それぞれにまた、
当たり前にできることもたくさんあります。
どんな存在にも、もちろんどんな人にも
その人が、活きる場所や状況があります。
マグロが、大海原を勢いよく泳ぐように
どんな存在にも、勢いよく、悠々と泳ぐ
場面や状況があります。
その状況で、人間は、マグロのようには
泳ぐことはできませんし、
そもそも、大海原でマグロのように
泳ぐ必要もありません。
それぞれの人が、活きる場所が
必ずあること、そのことに気付いて
信じ続けることで、
誰もが、自分の存在を信じ、活かすことができる
場所と出会うことできそうです。
あなたが、もし、あなたの持てる力で
勢いよく泳ぐ必要ができたとしても
あなたが実践するだけでなく、
ときには、勢いよく泳ぐことが
得意な、たとえば、マグロの力を
借りることができると言うこと。
それを許すことができさえすれば
あなたは、周りの力を引き出せる
自分の力を何倍にも活かせる存在になれそうです。
まずは、
あなたが、一生泳ぎ続ける必要はなく
マグロが、地上で呼吸し続ける必要もないということ
適所に適材が配置できれば
それこそが、それぞれの力を
うまく活かす方法なんだと言うこと。
そこから、あなたの周りの人たちの
良いところ、行かせる場所を探し始めてみませんか?
もちろん、あなた自身の力を活かすのも
同じ方法でいいはずですから、
まずは、自分から始めるのも良いかもしれませんね。
今週も、ちょっとした探求から始めてみましょうか。
では。
2011年05月13日
ふるさとの味
皆さん、こんにちは。Fumikoです。
今週のテーマは「ふるさと」ですね。
2週間ほど前に、いつも行く近くのスーパーマーケットの魚売り場に行って
びっくりしました。
「あっ! ちか がある!!」
隣にいた私の旦那さんが
「何、それ?」
「え? ちか って知らない?」
「聞いたこともないし、見たこともないし、食べたこともない。」
「!!!!!!」
私が、まだ北海道にいた頃
ちかは、よく我が家の食卓にのったお魚でした。
わかさぎに少し似ている小さな魚、というと
イメージが沸く方もいるかもしれませんね。
北海道の魚と言えば、ほっけや鮭がありますがが、
それらに比べると、存在は地味で味もずっと淡白なのですが
素朴でなんともいえない美味しさがあるのです。
そして、考えてみると、実家を出てからかれこれ20年近く
ちかを食べることがありませんでした。
パックの表示をみるとなんと「北海道産」と書いてあって
なおかつ「築地直送」。
10何匹も入っていてたったの240円です。
迷わず買って家に帰り、即、母に電話をしました。
念のため、どの食べ方が一番美味しいのかを聞きたかったのです。
母の助言に従って、魚の表面に小麦粉をさっとまぶし
からりと素揚げしたあとに、さっとお塩をひとふりだけしました。
からりと揚がった、表面の香ばしさと、中の身の
ふっくらとした食感となんともいえない、上品な甘さが
口いっぱいに拡がって、思わず夫婦二人で揃って
「美味しい〜〜〜!!」
と声をあげてしまいました。
見るもの、聴くものなど、五感は全て記憶とつながっていますが
とくに味覚は、ふるさとの思い出と直結しているのだなあと
改めて思いました。
私が久々に揚げた、ちかの味は、たぶん昔母が作ってくれた料理には
比べものにならないものだったと思うのですが、
それでも、かつて父と母とともに食卓を囲んだときの
光景がありありと蘇ってきました。
考えてみると、このブログを書いている三人の仲間全員が
地方都市出身だということに改めて気がつきました。
三人それぞれに「ふるさとの味」を持っているのでしょうね。
思わぬことから、ふるさとに触れることができた瞬間でした。
2011年05月10日
心の居場所はどこにありますか?
おはようございます。
(株)NLPフィールドの酒井です。
GW明けですね。
GWは、田舎やふるさとに帰られた方も
多かったのではありませんか?
今日のテーマは「ふるさと」です。
私も小さい頃は、夏休みになれば田舎に行っていました。
私はその当時は神戸生まれの神戸育ちだったので
親のふるさとである福井県に帰ることが多かったです。
私には妹がいます。1才下の年子でした。
そのため、母親が出産準備や子育てなどにかかりっきりでしたので
ほぼ母方の祖母に育ててもらいました。
そのせいか、おばあちゃんは
なぜだか心の安らぎになりました。
一方、おじいちゃんは子どもであろうとなかろうと
叱るタイプだったので、とても怖かったことを覚えています。
おじいちゃんのことを思い出すと心は引きますが
おばあちゃんのことを思い出すと心は惹かれました。
私は子供の頃、とても電車が好きでした。
線路が神戸と福井県をつなげていることに
想いをはせることもありました。
田舎に行けば
夏は、スイカをお腹一杯食べさせてくれたり、
せみとりや海水浴などいろんなところに
家族ともども行くことができたこともあります。
冬になると雪の階段を作ったり
雪だるまを作ったりと
楽しい思い出ばかりがよみがえります。
ある方がこんな話をしてくれました。
親は教育や社会的な人間に育てるために
ある程度厳しいことを言わなくてはいけない。
だけれども祖父母の役割は孫に対して
無条件の愛を注ぐことだ。
それを言われると確かに
私の家系ではその役割を果たしてくれていたように
想います。
(おじいちゃんはやや例外のときがありましたが)
そして、私の経験の中で
絶対的な安心感を手に入れさせてくれた
関わりをしてくれたことは
私のおばあちゃんがくれた大切なギフトでした。
だから、福井という土地以上に
おばあちゃんという存在やその関係性こそが
私にとって「ふるさと」であり
心の居場所のようになっています。
ふるさとは、あなたに何を与えてくれていますか?
そして、あなたはそこから得たものを
どのように渡していますか?
(株)NLPフィールドの酒井です。
GW明けですね。
GWは、田舎やふるさとに帰られた方も
多かったのではありませんか?
今日のテーマは「ふるさと」です。
私も小さい頃は、夏休みになれば田舎に行っていました。
私はその当時は神戸生まれの神戸育ちだったので
親のふるさとである福井県に帰ることが多かったです。
私には妹がいます。1才下の年子でした。
そのため、母親が出産準備や子育てなどにかかりっきりでしたので
ほぼ母方の祖母に育ててもらいました。
そのせいか、おばあちゃんは
なぜだか心の安らぎになりました。
一方、おじいちゃんは子どもであろうとなかろうと
叱るタイプだったので、とても怖かったことを覚えています。
おじいちゃんのことを思い出すと心は引きますが
おばあちゃんのことを思い出すと心は惹かれました。
私は子供の頃、とても電車が好きでした。
線路が神戸と福井県をつなげていることに
想いをはせることもありました。
田舎に行けば
夏は、スイカをお腹一杯食べさせてくれたり、
せみとりや海水浴などいろんなところに
家族ともども行くことができたこともあります。
冬になると雪の階段を作ったり
雪だるまを作ったりと
楽しい思い出ばかりがよみがえります。
ある方がこんな話をしてくれました。
親は教育や社会的な人間に育てるために
ある程度厳しいことを言わなくてはいけない。
だけれども祖父母の役割は孫に対して
無条件の愛を注ぐことだ。
それを言われると確かに
私の家系ではその役割を果たしてくれていたように
想います。
(おじいちゃんはやや例外のときがありましたが)
そして、私の経験の中で
絶対的な安心感を手に入れさせてくれた
関わりをしてくれたことは
私のおばあちゃんがくれた大切なギフトでした。
だから、福井という土地以上に
おばあちゃんという存在やその関係性こそが
私にとって「ふるさと」であり
心の居場所のようになっています。
ふるさとは、あなたに何を与えてくれていますか?
そして、あなたはそこから得たものを
どのように渡していますか?
2011年05月09日
住めば、都?・・・ふるさとは遠くにありて思うもの
「ふるさとは遠くにありて思ふもの」
金沢出身の詩人
室生犀星の「小景異情(その二)」の
詩の出だしです。
犀星は子供の頃
ちょうど僕の小学校の校区にある
(金沢では校下といいます。)
寺院で育ちました。
その縁からか、卒業した小学校の
校歌の作詞は彼の物です。
この詩の全文は
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
一旦志を持って
都に出たならば、
どんな困難があったとしても
困難な状況になったとしても
帰っちゃいけないんだよなぁ
そんなときに
孤独を感じて
ふるさとに帰りたい・・・
でも、(志半ばであれば)
都に戻らなくちゃ
そんな、葛藤を描いているようです。
明治から大正に掛けての時代
金沢と東京は
距離や時間だけでなく、
気持ちの面でも遠かったのかもしれません。
そのあたりは、現代と少し
事情が違うのかもしれません。
僕自身も金沢を故郷としています。
でも、帰ろうと思えば
飛行機もあれば
列車もある。
高速バスを使えばお安くも買えることが出来る
あるいは、いつでも
電話が出来る。
場合によっては、Skypeも・・・
その意味では、
物理的に故郷はいつも近くにあって
もしかすると
その存在に甘えることが出来ているのかも
しれません。
それ故に
僕の中にある感覚
「あ、どこでも、それなりに
住めるなぁ」
・・・自然に、“住めば、都”になってる。
そう思えています。
それもこれも、
僕にとって、ふるさとは
特別にならないくらいに
いつも近くにあって
思い出す必要がないくらいに
自然に、そこにある。
いつでも、帰ることを許してくれている
だから、安心して、
ふるさとを忘れていられる。
そんな気がします。
わざわざ、意識しなくて良いということは
もしかすると
幸せなことかもしれません。
空気みたいに、水みたいに
そこにある。
当たり前にある。
全く、贅沢者ですね(笑)
せっかく今回、「ふるさと」と
テーマに書いてみました。
意識して考える機会になったのですから、
近々また、実家に連絡でも
入れてみようかな。
そう思います。
昨日は母の日でした。
来月は父の日があります。
こんな機会に、ふるさとに実家のある方は
連絡をしてみるのも良いかもしれませんね。
このブログを目にしていたとしたら
そのタイミングだったのかもしれませんよ。
偶然も必然ですから。
ぜひ。
では。
金沢出身の詩人
室生犀星の「小景異情(その二)」の
詩の出だしです。
犀星は子供の頃
ちょうど僕の小学校の校区にある
(金沢では校下といいます。)
寺院で育ちました。
その縁からか、卒業した小学校の
校歌の作詞は彼の物です。
この詩の全文は
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
一旦志を持って
都に出たならば、
どんな困難があったとしても
困難な状況になったとしても
帰っちゃいけないんだよなぁ
そんなときに
孤独を感じて
ふるさとに帰りたい・・・
でも、(志半ばであれば)
都に戻らなくちゃ
そんな、葛藤を描いているようです。
明治から大正に掛けての時代
金沢と東京は
距離や時間だけでなく、
気持ちの面でも遠かったのかもしれません。
そのあたりは、現代と少し
事情が違うのかもしれません。
僕自身も金沢を故郷としています。
でも、帰ろうと思えば
飛行機もあれば
列車もある。
高速バスを使えばお安くも買えることが出来る
あるいは、いつでも
電話が出来る。
場合によっては、Skypeも・・・
その意味では、
物理的に故郷はいつも近くにあって
もしかすると
その存在に甘えることが出来ているのかも
しれません。
それ故に
僕の中にある感覚
「あ、どこでも、それなりに
住めるなぁ」
・・・自然に、“住めば、都”になってる。
そう思えています。
それもこれも、
僕にとって、ふるさとは
特別にならないくらいに
いつも近くにあって
思い出す必要がないくらいに
自然に、そこにある。
いつでも、帰ることを許してくれている
だから、安心して、
ふるさとを忘れていられる。
そんな気がします。
わざわざ、意識しなくて良いということは
もしかすると
幸せなことかもしれません。
空気みたいに、水みたいに
そこにある。
当たり前にある。
全く、贅沢者ですね(笑)
せっかく今回、「ふるさと」と
テーマに書いてみました。
意識して考える機会になったのですから、
近々また、実家に連絡でも
入れてみようかな。
そう思います。
昨日は母の日でした。
来月は父の日があります。
こんな機会に、ふるさとに実家のある方は
連絡をしてみるのも良いかもしれませんね。
このブログを目にしていたとしたら
そのタイミングだったのかもしれませんよ。
偶然も必然ですから。
ぜひ。
では。
2011年05月06日
誕生から与えられた贈り物とは?
みなさん、こんにちは。Fumikoです。
今週のテーマは「誕生」ですね。
皆さん、この世に生まれてきたときのことを覚えていますか?
半年前に知人が貸してくれた本がきっかけで
出会い、今も現在私を魅了して止まない
精神科医の故エリザベス・キューブラー・ロスは
1926年にスイスのチューリヒで三つ子の長女として生まれました。
そのときの体重はわずか900グラム(!)で
絶対に生きられないと言われていたそうです。
そして、当時、三つ子で生まれたことの悲劇を
自叙伝の中で非常にユニークに綴っています。
あまりにも三人がそっくりで、親でもしょっちゅう
見分けがつかなかったこと。
そして三人ともいつもお揃いの洋服を着させられ、
同じおもちゃを与えられていたこと。
学校に上がっても、先生たちも三人の区別がつかないので
いつも全員が同じ平均値であるCという成績を与えられていたこと。
そして圧巻は、妹が初めて同級生とデートをすることになった
当日の朝、高熱を出してしまい、キャンセルすることで
二人の仲が壊れてしまうのを恐れた妹に代わって、
姉であるエリザベスがこっそり代理(?)でデートに行くのですが
相手の男性が最後まで気がつかなかった(!)という
信じられないようなエピソードが描かれています。
この誕生にまつわる彼女の境遇と幼年時代の環境が
エリザベスにもたらした最大の贈りものは何だったと思いますか?
それは
「私とは一体誰なのか?」
という自己のアイデンテティを探求する
精神だったのです。
その精神は、その後彼女の運命を開いていく鍵となり
70余年という彼女の生涯を通じて彼女を支えていきます。
私たちも、エリザベスほどの、衝撃的なものでないにせよ、
誕生にまつわる何かが、私たちの無意識に入り込み、
自分でも気がつかないうちにその後の人生を
左右していることがあるかもしれません。
自分の誕生にまつわるエピソード、
もしそれが可能であれば、ご両親や周囲の人から
聞いてみてはいかがでしょうか?
思いもかけない、新たなアイデンテティの発見があるかもしれません。
今週のテーマは「誕生」ですね。
皆さん、この世に生まれてきたときのことを覚えていますか?
半年前に知人が貸してくれた本がきっかけで
出会い、今も現在私を魅了して止まない
精神科医の故エリザベス・キューブラー・ロスは
1926年にスイスのチューリヒで三つ子の長女として生まれました。
そのときの体重はわずか900グラム(!)で
絶対に生きられないと言われていたそうです。
そして、当時、三つ子で生まれたことの悲劇を
自叙伝の中で非常にユニークに綴っています。
あまりにも三人がそっくりで、親でもしょっちゅう
見分けがつかなかったこと。
そして三人ともいつもお揃いの洋服を着させられ、
同じおもちゃを与えられていたこと。
学校に上がっても、先生たちも三人の区別がつかないので
いつも全員が同じ平均値であるCという成績を与えられていたこと。
そして圧巻は、妹が初めて同級生とデートをすることになった
当日の朝、高熱を出してしまい、キャンセルすることで
二人の仲が壊れてしまうのを恐れた妹に代わって、
姉であるエリザベスがこっそり代理(?)でデートに行くのですが
相手の男性が最後まで気がつかなかった(!)という
信じられないようなエピソードが描かれています。
この誕生にまつわる彼女の境遇と幼年時代の環境が
エリザベスにもたらした最大の贈りものは何だったと思いますか?
それは
「私とは一体誰なのか?」
という自己のアイデンテティを探求する
精神だったのです。
その精神は、その後彼女の運命を開いていく鍵となり
70余年という彼女の生涯を通じて彼女を支えていきます。
私たちも、エリザベスほどの、衝撃的なものでないにせよ、
誕生にまつわる何かが、私たちの無意識に入り込み、
自分でも気がつかないうちにその後の人生を
左右していることがあるかもしれません。
自分の誕生にまつわるエピソード、
もしそれが可能であれば、ご両親や周囲の人から
聞いてみてはいかがでしょうか?
思いもかけない、新たなアイデンテティの発見があるかもしれません。
2011年05月03日
希望を感じること 生きること
おはようございます。
(株)NLPフィールドの酒井です。
5月は、草木が芽吹き、これまでにない
鮮やかな緑色の饗宴(競演)をしてくれます。
視覚で人生を楽しむことの多い私としては
この季節が命のエネルギーを感じる
とても好きな時期です。
そして、私たちにも
この世界に命を芽吹かせたときがありました。
今週のテーマは「誕生日」です。
誕生日は、皆さんどんな想い出がありますか?
私は、小さい頃から自分と人を比べるクセが
ひどく、そして、自分が恵まれていないと考えることが
非常に多かったのです。
そのため、人の誕生日でお祝いされているのと
自分の誕生日でお祝いされるのを比較して
自分の誕生日や料理が少ない、
来てくれる友達が少ない
プレゼントが豪華じゃない
など、せっかく祝ってもらっているのに
嬉しくもなんとも無かったのです。
また、同時に人からお祝いされることが
何だかとても恥ずかしくて
人から素直におめでとう!という言葉を
受け取ることができませんでした。
今思うと、とても心が荒んでいたように想います。
また、私自身彼女と付き合うときと
自分の誕生日との重なりが少なく
それ以降も、自分の生を心からお祝いされた経験が
少なかったのです。
もちろん、大人になれば、
もう誕生日など誰もお祝いしてくれなくなります。
そのため
自分にとって誕生日というのは
イベントの中でもさほど重要なことではありませんでした。
しかし、
会社を辞めてから出会った二つの出来事から
誕生日の捉え方が大きく変わってきました。
一つ目が
(株)ピークパフォーマンスの
アドバンスコースUで見たDVDでした。
そのDVDは「居酒屋甲子園」だったのですが
そこでスタッフたちが、自分たちのお店を
どんな想いでやっているのかが語られていました。
その中でも女性のスタッフが
親にずっと反抗してきた姿がありました。
私自身も親に反抗してきたので
彼女の気持ちがよくわかったのです。
その中で彼女は、
ずっと反抗してきたけれども
その私を迎えてくれた親の存在に気づいたそうです。
そして
自分を生んだとき
もっとも痛い思いをしたのはお母さんだったんだ、
と気づいたんです。
自分の命をこの世界に迎えるために
どれだけ痛い思いをしても
最後は笑顔でこの世界に迎えてくれた。
私の誕生日は私が祝ってもらうよりも
私からお母さんに生んでくれてありがとう!
って伝えます。
というメッセージがありました。
今まで祝ってもらうことばかり考えていた
私にとって
誕生日は私が両親を祝うことの方が
大切な日だということを
そのDVDを通して教えられました。
もう一つは
自分が入院して、
このまま同じような症状が続いて
いつか腸がなくなって
栄養剤だけで命をつながなければならない
状況になったときに
本気でこの先、死ぬかもしれないと
思ったときです。
暗闇にさまよいました。
深い恐怖に教われました。
どこにも出口がなかったのです。
そして、その時に
自分の頭では
何でこの世界にやってきたんだ。
このまま、死んで何が残るんだ。
そんな考えがよぎりました。
でも、答えが出ることもなく
依然として真っ暗な世界のままだったのです。
だれも手を差し伸べてくれることの無い世界。
そこから、小さな小さな光が見えてきたのです。
小さいけれども強烈な光でした。
私は、その光を頼りにその方向へと進んでいきました。
その光こそが私の希望だと想いました。
その時初めて、人は「希望」があるからこそ
生きていけるんだ、と強く感じたのです。
まさに、私にとって誕生日とは
これから生きていく「希望」を感じる日になりました。
そして、誕生日は
私たちがまだそこに命があり
その存在を自分で認める日でした。
NLPのコースの中でも
誕生日にめぐり合わせた方は
私たちからもお祝いをさせてもらっています。
それは、この人生で
奇跡的に出会えたこと、
そして、その存在をお互い認め合っていること
希望という光に向かって
この世界に歓迎された命だからです。
あなたにとって
誕生日とはどんな日ですか?
(株)NLPフィールドの酒井です。
5月は、草木が芽吹き、これまでにない
鮮やかな緑色の饗宴(競演)をしてくれます。
視覚で人生を楽しむことの多い私としては
この季節が命のエネルギーを感じる
とても好きな時期です。
そして、私たちにも
この世界に命を芽吹かせたときがありました。
今週のテーマは「誕生日」です。
誕生日は、皆さんどんな想い出がありますか?
私は、小さい頃から自分と人を比べるクセが
ひどく、そして、自分が恵まれていないと考えることが
非常に多かったのです。
そのため、人の誕生日でお祝いされているのと
自分の誕生日でお祝いされるのを比較して
自分の誕生日や料理が少ない、
来てくれる友達が少ない
プレゼントが豪華じゃない
など、せっかく祝ってもらっているのに
嬉しくもなんとも無かったのです。
また、同時に人からお祝いされることが
何だかとても恥ずかしくて
人から素直におめでとう!という言葉を
受け取ることができませんでした。
今思うと、とても心が荒んでいたように想います。
また、私自身彼女と付き合うときと
自分の誕生日との重なりが少なく
それ以降も、自分の生を心からお祝いされた経験が
少なかったのです。
もちろん、大人になれば、
もう誕生日など誰もお祝いしてくれなくなります。
そのため
自分にとって誕生日というのは
イベントの中でもさほど重要なことではありませんでした。
しかし、
会社を辞めてから出会った二つの出来事から
誕生日の捉え方が大きく変わってきました。
一つ目が
(株)ピークパフォーマンスの
アドバンスコースUで見たDVDでした。
そのDVDは「居酒屋甲子園」だったのですが
そこでスタッフたちが、自分たちのお店を
どんな想いでやっているのかが語られていました。
その中でも女性のスタッフが
親にずっと反抗してきた姿がありました。
私自身も親に反抗してきたので
彼女の気持ちがよくわかったのです。
その中で彼女は、
ずっと反抗してきたけれども
その私を迎えてくれた親の存在に気づいたそうです。
そして
自分を生んだとき
もっとも痛い思いをしたのはお母さんだったんだ、
と気づいたんです。
自分の命をこの世界に迎えるために
どれだけ痛い思いをしても
最後は笑顔でこの世界に迎えてくれた。
私の誕生日は私が祝ってもらうよりも
私からお母さんに生んでくれてありがとう!
って伝えます。
というメッセージがありました。
今まで祝ってもらうことばかり考えていた
私にとって
誕生日は私が両親を祝うことの方が
大切な日だということを
そのDVDを通して教えられました。
もう一つは
自分が入院して、
このまま同じような症状が続いて
いつか腸がなくなって
栄養剤だけで命をつながなければならない
状況になったときに
本気でこの先、死ぬかもしれないと
思ったときです。
暗闇にさまよいました。
深い恐怖に教われました。
どこにも出口がなかったのです。
そして、その時に
自分の頭では
何でこの世界にやってきたんだ。
このまま、死んで何が残るんだ。
そんな考えがよぎりました。
でも、答えが出ることもなく
依然として真っ暗な世界のままだったのです。
だれも手を差し伸べてくれることの無い世界。
そこから、小さな小さな光が見えてきたのです。
小さいけれども強烈な光でした。
私は、その光を頼りにその方向へと進んでいきました。
その光こそが私の希望だと想いました。
その時初めて、人は「希望」があるからこそ
生きていけるんだ、と強く感じたのです。
まさに、私にとって誕生日とは
これから生きていく「希望」を感じる日になりました。
そして、誕生日は
私たちがまだそこに命があり
その存在を自分で認める日でした。
NLPのコースの中でも
誕生日にめぐり合わせた方は
私たちからもお祝いをさせてもらっています。
それは、この人生で
奇跡的に出会えたこと、
そして、その存在をお互い認め合っていること
希望という光に向かって
この世界に歓迎された命だからです。
あなたにとって
誕生日とはどんな日ですか?