★NLP1dayレッスン 開催中!★
   

2011年10月14日

日々気付いたことをお伝えする記事、facebookで、連載継続中です!!

みなさん、ご無沙汰しております。
NLPフィールド、アシスタントトレーナーの
まさきです。

ようやく秋らしくなってきましたが
皆さん如何お過ごしですか?

きょうは、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、

現在中心に、情報をお伝えしている
Facebook上のNLPフィールドページをご紹介します。

こちらのブログ同様
トレーナーの酒井と交代で月から金で毎日更新してます。
NLP Right Field から装いも新たに連載となっています。

facebookーNLPフィールド(NLPフィールドカフェ)
 http://www.facebook.com/nlpfieldcafe

facebookの登録なしにでもご覧になれますので、
まだお越しでない方は、
ぜひ一度、お気軽に遊びに来て下さい。

記事と一緒にイメージ、テーマとなる
一枚の絵℃ハ真、イラストも
それぞれ酒井、まさきのセンスや、人となりが分かって
より楽しめるかもしれません。

また、併せて 無料メールマガジン
 NLPメールセミナー
 「幸せを生み出す心のガイドブック」 
   http://nlpfield.jp/mail_s/index.html

で引き続き情報をお伝えしていきます。

今後ともどうぞよろしくお願い致しします。

posted by nlpfield at 08:40| まさきの日記

2011年07月18日

人が『感動』するということに、好奇心を持ったころ

今週は「海」というキーワードで
話を始めたいと思います。

子供の頃は海水浴には行きましたが
大人になってからは、あまり行きません。

そして、海釣りにしても(釣りそのものにも)
行く訳でもありません。

・・・海・・・う〜ん。

一つありました。

僕の音楽の好みが変わったのと
僕が人の心の変化に興味を持つきっかけに
なった音楽に「海」というキーワードが
あてはまりました。

今年で40になった僕の世代は
幼稚園の頃には、
ピンクレディをフリ真似もしましたし
ヤングマンも学校中で踊ったり
いわゆるヒット曲、歌謡曲に
知ってか知らずかの内に親しみ、

アイドルブームになって
お小遣いを貯めて、アイドルのレコードを買う
と言う風に曲の好みが育っていきました。

中学校にに入って
あるとき、ふとした興味から

「人気者で行こう」という
サザンオールスターズのアルバムを

聞こう。と思って、聞いてみました。

・・・何かが違うのです。

真実かどうかは別として、
今まで聞いてきた、アイドルの曲が持つ
「つくられた」感や「(衣装)を着せられた」感がない

いってみれば、伝えたいことを
曲にして、歌って、演奏して 伝える。

バンドメンバーが伝えてくるものを
何となく感じていたようでした。

そして、その中に「海」という曲が
あります。

http://www.youtube.com/watch?v=gVhhGTuWSGg&feature=player_detailpage
「海」ーサザンオールスターズ/YouTube

カマトトぶるつもりはありませんが
中学生ぐらいでは、男と女の微妙な関係なども分かる訳もなく
歌詞の日本語の意味を、受け取ると言うよりも

この曲のサウンド、リズムで
この世界観を受け取っていたようです。

この時、「言葉」だけじゃなくても
伝えることが出来る、もしくは、伝わってしまうんだ!
ということ。

そしてまた、音楽というものが
その響きやリズムでだけでも

感動する感覚、心地よくする感覚
そんなものが作り出せる

そんなことを知って、
そして、興味が湧きました。

「どうやったら、人の心を動かす曲って作れるのかな?」

・・・音楽の道に進むと言う発想はありませんでした。
   人の心からのアプローチとして
   音楽っておもしろい、人の心の動きっておもしろい
   そう考え始めました。

これが、僕にとって、「心理学」、「人の心」に関する興味の原点

今から考えれば、
 「感動したい」時に感動を促す音楽
 「元気をだしたい」時に元気が出る音楽
 「緊張感を醸したい」時に緊張する音楽
が有ることに気付き始めていた

・・・たとえば、映画ではなく、サウンドトラックの方に興味が行く
   感じだったのかもしれません。

そして、このことが一つの原体験になって
人は、自分がなりたい気持ちになる方法があって、
その一つが音楽だという風に理解すると共に、

そのほかにはどんなことがあるんだろう・・・・・・・・

そして、この数年後、
僕は、大学で教育、認知心理学を学ぶことになりました

「海」に出会う前までは
地元の大学の経済学部に、入って卒業して
サラリーマンやって
(あくまで、中学生の発想ですよ)
みたいなことを考えていた、大学の専攻の選択
想像も付かないものになっていました。

そして、今、十数年経って、コーチやNLPのトレーニングという
「心」の領域、「自分で自分の感情を司る」領域に
戻ってきました。

もしかすると、この「海」との出会いが
僕の一つの分岐点だったのかもしれませんし
ただの偶然の出会いだったのかもしれません。

そしてこの「海」や「人気者で行こう」の中の曲を聞く度に、
ちょっとだけ、
僕の興味の、わくわくの原点に戻ったそんな感じがします。

皆さんにとって、今の仕事についた
もしくは、その仕事を続けている、自分の“原点”は
どこにありますか?

志望したとき?
仕事が分かり始めたとき?
仲間や部下が出来たとき?
大きな仕事を任されたとき?

そしてもしかすると、
自分の小さな時の小さなきっかけの中に
あるかもしれません。

純粋に、自分が今生きている
一生懸命生きている、元気の素となる
「原点」がかならずあるはずですし、

意識的に気付いていなくても
今もここに、たとえはっきり見えていなくても
必ず自分の中にあります。

この夏の間に見つめ直してみるのは
いかがですか?

僕がこの「海」という曲との出会いを
思い出せたように、
きっと、すぐそこにあるかもしれませんよ。

では。
posted by nlpfield at 00:00| Comment(5) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年07月04日

星に祈るー・・・になれますようにー

神社やお寺にお願い事をするより
もっと小さな頃から
七夕には、お願い事をしていた
そんな思い出があります。

それは、もう少し大きくなって
流れ星にお願い事をする

そのことを知る前から

星に願いを伝え始めた最初かもしれません。

あの頃はどんなお願いをしていたのか
思い出してみると・・・

そんな小さな頃から
もしかすると、自分の願いを
誰かに伝えるのが
恥ずかしいのか?
いやなのか?

それとも、「書かなければ!!」と思うと
慌てちゃってかけなくなっていたのか。

自分のためのお願いを
書いていなかったかもしれない。

そんな気がします。

自分がどうしたいのか?
どうして、
「お願いを急かされてまでしなければならないのか。」
そうそう、急かされて、やらされると
小さな子供だって、
自分の本当に欲しいものはかけないものです。

大人になって、
しばらく七夕飾りを
飾ることが無くなって

たんに、街の飾りが
あでやかになる
そんなちょっとしたイベントの
一つになっていました。

そして、今、一つ分かったこと。

誰かに(何かに)祈るためには、
自分が、本っっっ当に何が欲しい(したい)のかを
自分がはっきり分かるようになる事が
とても大切だということ。

子供の頃は
表現もそれほど豊かでなかったので
誰かがその意図をくんで
読み取ってくれていたのかもしれません。

もしくは、
もっと具体的と言うよりも
広がる予知のある、未来の願い
だったのかもしれません。

私たちは
ある程度の大人になって
自分の願いを
叶えるための能力や関係を
作れるようになってきました。

星に祈るのは、
もしかすると、その自分が発揮する能力のうち
気付いていなかったものに気付いたり
必然という偶然で、
その関係を、つなぐきっかけを
作ってくれる、「場」を

短冊を通して

短冊と短冊とが、梅雨から夏の空にかけて
願いを伝えたいという思いで
つながって、

関係をつないでくれている。

星がその媒介、正にスペースだったとしたら

私たちはその場を
どんな風に、真摯に活かすことが出来ますか?

星は私たちに願いを語らせることで
自分自身への決意や決断を
促してくれているのかもしれません。

ですから、
今年の七夕は

本っっっっ当に手に入れたいものを
本っっっっっ当に手に入れたらどんなに嬉しいかを
想像しながら
本っっっっっっ気で星に祈ってみるのは
如何ですか?

自分に誓うことも
いくらかは現実的に
手に入れられるかもしれません。

まもなく七夕。

・・・・になれますように。

どんな願いを
星に伝えてみましょうか?

ではまた。
posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年06月27日

一人一人の経験が新しい知恵を作る・・・温故知新を繰り返す私たち

どんなに最新の書籍や雑誌メディアに載っている
“新しいトレンド”、“新しい考え方”に
私たちがそれと出会って、知ることになるときは

すでに“誰か”が考え吟味して
形にしてくれたものであることは
言うまでもありません。

そういった
ノウハウ、ハウ・トゥー、あるいは哲学は、
人類が数百万年の歴史で
口伝や書物、あるいは体験で
磨き上げてきたものと
言えるかもしれません。

そして、何百万年と何億、何十億の人の
目に触れ、耳を通って
役に立つもの、役に立った無いものの
自然淘汰を経ながら

現在見ることの出来る
メディアにたどり着いた。

そんな、悠久の時間と人の繋がりを
感じることが・・・・

それほど大げさなことではなかったとしても
こんな事もあったかもしれません。

そう、若い頃、たとえば中学の頃や
高校の頃、親や先生から
「やりたいことをやれる時間のある“今”やっておきなよ」
なぁ〜んてことを言われたり。
その「やりたいこと」を「勉強」そのまま置き換えた
フレーズを言われたり。

そしてそのことは、
実際、社会人になって、20代、30代と
経験を重ねるうちに

まず、「やっておけば良かった」という気づきと同時に
ちょっとした(ちょっとしない?)後悔の気持ちが
起こったり。

その気持ちが起こることは
十数年前に人生の先輩から聞いたことの
いくつかが、自分にとっても「真実」だった
事に気付いたからでしょう。

そして、私たちが、その「真実」に
気付いたとき、3つの行動を取る事が
できます。・・・過去にはこのいずれかを選んだのかもしれません。

1.後悔し続けて、今も気にし続ける。
2.終わったこととして、気にしない。
3.今その教訓を活かす行動を考える

これらの中間はあったにせよ
どれかの選択をしたのかもしれません。

1.は、その「真実」を足かせにしてしまうパターン
2.は、「薬」にも「毒」にもしないパターン
3,は、その「真実」を活用するパターン

です。

「温故知新」という態度は、
もうお気づきでしょうが、どの選択が最も近いでしょうか?



どんな出来事や、知り得たことも
間違いなく、誰か(あるいは自分)が、
いずれかの状況で試していて、
うまくいったこと、
もしくは、うまくいかなかったので反面教師としたい
そんな体験です。

それらのことが、確実に役に立っていた状況があった
事は間違い有りません。

もし、これを料理の材料に喩えれば
あとは、自分が、自分の好みに合う(役に立つ)ように
どんなふうに料理をするのか・・・・次第だということになります。

そう考えながら、

何百万年と何億、何十億の人の
目に触れ、耳を通って
役に立つもの、役に立った無いものの
自然淘汰を経ながら
熟成されてきた沢山の知恵が

現在、私たちの周りでは沢山のメディアを通して
手に入れることが出来ます。

自分たちの先輩やまた仲間の知恵もまた
手に入れることが出来ます。

そこから、“今”、私たちは、どんな“役立つ”知恵を
選んで使い放題とも言えます。

そして、自分自身も
何百万年と何億、何十億の人が
磨いてきた知恵を
磨く流れの一部として、自分の実体験として
実践することが出来ます。

それも、自分が自分のために役に立つものとして。
これまでの知恵の資産を受け取り
次の人に渡していくということです。

実は、「温故知新」ということは
ただ、古き良きものを・・・と言うだけではなく
私たちが、私たちのリアルな経験、バーチャル(書物を読んで知った)経験
その両方を、自分で実践しながら
活用していくこと、行動して行くこと
を教えてくれている。

そんな「知恵」の一つだったのかもしれない。
そう、僕自身の知恵として、活かしていこうと思っています。

その意味では、僕は学んでいるNLPも
人の可能性を広げていこうという思いで
これまで開発、実践で関わってきた
沢山の人たちの、「知恵」の集まりですし
それを「活かしてきた」歴史の集まりです。

皆さんにとって、もし、今
自分の成長や、可能性への必要を感じるとき
または、相手や仲間との成長が
必要になってきたとき、

NLPという「知恵」は必ずあなたのものとして
生きてきます。

私たち日本人が、学んできた
「温故知新」という「知恵」の流れの中で
役に立つものとして活かすことが出来ると思います。

この視点、とらえ方でもう一度NLPを
考えてみる、きっと良いヒントが見つかるはずです。

posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年06月20日

私たちは、子供の頃から、沢山のチャレンジの連続です・・・以外と気付いてませんけど

今まで数十年生きてきて
「これは、チャレンジだったなぁ」と
思った経験、どのくらいありましたか?





大きな事、小さな事
もしかすると、
子供の頃はとても沢山の
チャレンジ、冒険があったかもしれません。

そして、沢山の経験を
身につけるにつれて、数は減ったかもしれませんが、
その大きさは・・・どうでしょう?

いずれにしても、
私たちの人生は、選ぶことを決めれば
いつでも、挑戦するチャンスはそこにここに
ころがっている。

そんな実感はどのくらいありますか?

ただ、私たちは毎日を
まるで、昨日の自分を撮ったVTRを
コピーしたようにすごすことができます。

そのとき、私たちは自分に起こることが
予測しやすいので安心できます。
しかし、その一方で、
変化が少ないので、
退屈を感じたり
不満を見つけやすくなります
さらには、その安心にが続くかどうかに
ついての不安も感じ始めます。

この点については私たちは本能的に
「“変化が起こらない”事はない
  全てのモノは変わっていく」
事を知っているのかもしれません。

つまり私たちは、
あるタイミングでいつも、
チャレンジをせずにはいられない
そんな状況を迎える
そうなっているようです。

それは、
自分で選んで飛び込むこともあれば
周りの環境の影響を受けてのこともあります。

でも、それはきっかけの違い
に過ぎません。

私たちは人生をかけて
変化し続ける。
そういう風に出来ているようなのですから。

小さな時に、
大人になったら、どうなりたいか
僕らの年代であれば、
仮面ライダーやウルトラマン
パイロットや野球の選手

大人になれ、とか
仕事に就け、とか言われていない
そのころから、
私たちは、私たちがどんな風に
大きくなって、どんな風に世の中で
役に立っていくのかを
想像したり、考えたり
するように出来ている。

そう考えることは出来ませんか?

そう、私たち、一人一人は
数十年生きてきた今も、もしかすると
さらに、どんな風に成長して
どんな風に世の中に貢献していこうか
考え続けているのかもしれません。

・・・こんな視点で、今私たちの生きている場所
   自分自身について
   自分の役割(仕事や家庭など)について
   自分の今も本当に手に入れたいものについて
棚卸ししてみるのはいかがでしょうか?

私たちの環境は、予期せぬ出来事で
変化をしていきます。
今まで当たり前と思っていた前提が
どんどんとそうではなかったことに
気付かされてきます。
震災もそうですし、原子力発電所、節電のこと
新燃岳の噴火、口蹄疫、・・・・

そんなことに気付かされる度に、
もしかすると、自分自身が自分自身のやり方で
さらに出来ることを見つける
そんな事が必要とされていると感じます。

まずは、自分自身のやり方を
探ってみるのでかまいません。
ただ、あなたがあなた自身を
もっとも活かせるやり方でです。

一寸法師は、その小ささを活かして
鬼の腹の中を針で刺して退治することが出来ます。

そのやり方は金太郎には出来ません(笑)

私たちには私たちが出来ることで
さらに私たちが今ここに生きていた
“証”を刻むための、“役目”があるようです。

そして、子供の頃から
知らず知らずのうちに、
ずっと探し続けてきたのかもしれません。

もし、このブログが気になったとしたら
腰を据えて。その“役目”と
向き合うその時期なのかもしれません。

・・・自分について、知り始めること
   それそのものが、“役目”と出会う
   第一歩ですから。

posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年06月13日

あなた自身の価値はどのくらいですか?

僕自身数年前まで、
サラリーマンをやっていました。
その当時、運輸業に本社スタッフとして
在籍していました。

転職でしたが、本社スタッフの部門は
部長職以上が、他社(取引先)からの
転籍組・・・天下り的な形で

その職に就かれていることが
入社してから2年ほど経って分かってきました。

そしてまた、運輸業界そのものが
もしくはその当時の会社の周辺の状況が
厳しくなって、給与は減りこそすれ
増えることはありませんでした。

僕自身、それほどお金に執着していた
つもりはありませんでしたが、

自分の政策を通す可能性のある部門の長は
どこか違うところからやってくる

目標管理を導入はしていたけれど
目標の達成を実現したとしても
自分の待遇は良くなることはない。

ましてや、ボーナスも
上司から「でるだけまし」・・・確かにそうなのです
そのころも、景気は決して良くはなかったのですから
「でるだけまし」
とはいっても、やった結果が
報いられないとしたら

自然のモチベーションは
上がるはずもありません。
・・・それでも。会社の上司は「モチベーションが大切だ」
   と言っていました。

もしも、僕自身があの会社の
マネジメント層だったとしても
まずは、あまり増えていかない売り上げを
どんなふうに、社員のモチベーションに
結びつけるかを、きっと知恵を絞ることに
なっていたでしょう。

一つの現実として、
会社員の評価は、もしくは
会社員としての価値は
「給料の多寡だけではないけれど、給料の多寡でもある」
仕事や、会社の発展のような
社員としての、仕事の意味やビジョンのようなものを
共有していなかったとき

ちょっと切ない感じはしましたが
給料が上がっていかないことは
モチベーションの低下を感じざるを得ませんでした。

〜ー〜ー〜ー
金は天下の回りものですといいますから
一時的に、給料が増える、減ると言うとこの問題を
超えて、私たちのモチベーションの源泉を
給料額とは別のところに
置くことはできそうです。

もちろん、衣食足りて礼節を知るともいいますから
必要なある程度の額の給与や賞与を
支払えることが前提ですが、
(ときには、ある一定の状況まではと、
  協力を願うことは出来るかもしれません)
それを超えて、会社がどんな人たちに幸せであったり
メリットであったり、を提供しているか
そして、そのことにどの位貢献しているかを
共有して、モチベーションのよりどころにすることも出来ます。

私たちは、衣食足りて・・・(時にはそれを超えて)
自分の貢献や、自分の表現・主張が適うとき、そのことに
意味を見いだせると、それそのものが動機づけ、モチベーション向上に
つながっていきます。

自分自身の価値はどのくらいですか?
給料の何ヶ月分ですか?

それとも、某カード会社のメッセージのごとく
Priceless ですか?

会社勤めをしていれば
定期的に入ってくる、給与、賞与

生活を支えてくれるものとして
大切に思うのと同時に、
その給与の多寡そのものが、自分自身の価値ではない
ということ。

それを超えたもっともっと大きな意志に
私たちの価値が存在すると言うことに
今回は、週の頭からにはなりますが、
自分を超えた自分に意識を向けてみませんか?

では・
posted by nlpfield at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年06月06日

雨の季節、好きですか? 嫌いですか?

梅雨の時期になりました。
こんにちは、アシスタントトレーナー 
まさきです。

何度かお伝えしましたが
僕は、北陸、石川県金沢市の出身です。

日本海側の地域に多い格言に

「弁当忘れても傘忘れるな」

があります。(山陰地方でも言うそうです)

それほど、金沢は雨が多い地域です。

それで、僕は「雨が好きではない、嫌い」なのです。

子供のとき、
雨が降るときは、空が薄暗いし
靴がぬれて気持ち悪いし
遠足や運動会はなくなるし
カッパを着るとむしむしするし・・・

と、小さないやな感じが
沢山積み上がって
「雨が好きではない、嫌い」
でした。

雨の多い地域で生まれ育って
その「雨」が嫌いだとしたら

あれ? 自分の町が嫌いになりそうですよね・・・

実は、金沢を嫌いだと感じることもありました
さらに、8年前に東京に引っ越して
雨の少なさを実感して

「金沢って損してない?晴れが少なくって」

とも思ったりしました。

単純に、子供の頃の、雨が「嫌だった」体験が
積み重なっただけのことなのに、
自分のふるさとについて嫌にしまった
こんな事が起こりました。

きっかけや出来事が、些細なことであっても、
私たちは、そのことを増幅しながら
自分の判断だとか本当の気持ちだとか
思ってしまうことになることがあるのです。

NLPを学び始めてから、
「雨」は金沢の要素のある一部分に過ぎないことを
心身ともに合点することが出来て、
さらに、故郷である金沢は
自分のルーツ、支えてくれるものだ
と言う風に、
いわば、仲直りが出来たので
今は、故郷と「雨が嫌い」ということは
分けて考えることが出来る様になっています。

僕は、雨は、やっぱり
あまり好きではありません。
・・・飲料水や水道水の元となっていること
   降らないと水不足になること
   分かっていますが

雨は、やっぱりあまり好きではありません。

あ、一つだけ良いこと思い出しました
雨が育ててくれた新緑と
雨で水量が増えた「十和田湖〜奥入瀬渓谷」の
美しさは、
「雨が降って、十分な水量があったから
  新緑の美しさ、流れの美しさを見ることが出来た」
雨のおかげです。

好きではない、雨の季節も
その中で、何か少しでも「良いところ」を
見つけて、そこを見ていくことで
そう、ずいぶん過ごしやすくなりそうです。

今年の梅雨も、嫌いな中でも
その中のすごいところを見つけることが出来たら


さて、約一ヶ月、どんな風に
梅雨を楽しんでいきましょうか?

まずは、個々人でアイディアを
出してみるのも良いかもしれませんね。

探っていきましょうね

では。
posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年05月23日

私たちは、“言葉の感覚”を使って話しています。

「ふとんがふっとんだ。」

子供の頃に聴いたことのある
ダジャレです。

ローマ字で書くと

Futon ga Futton da.

リズム感もあるし、
その光景があり得ない物なので
子供心に印象に残ったことば

私たちにとって、
最初のダジャレ経験の一つ
なのかもしれません。

これを翻訳しても
あまりおもしろくありません。

英語では「ふとん」は「futon」でも
あえて掛け布団と敷き布団に分けてみると
bedding と mattress
とも表現できますので、

A futon was blown away.
A bedding was blown away.
A mattress was blown away.

となって、リズム的には
当たり前の、そして、表現的にも
ダジャレ特有の、「その光景を想像してしまう」という
たとえ話効果のような物は
消えて無くなります。

どうも、私たちは
単語、文法だけで表される以上の
言葉の音、リズム、見た目といった
言葉の中でも
言葉で言い表せない部分の“言葉の感覚”を
使ってコミュニケーションをしていることに

気付いてしまいます。

これが、そして、
むしろそのリズムや感覚が
あるばかりに、
相手の話を、言葉の意味するところ
以上に自分の世界で解釈している
かもしれないのです。

そして、これは新しい言葉、
使い慣れない言葉を
使い始めたときに

気付くと同時に
沢山の言葉の発見
話をすることの発見が
生まれるわけです。

ちょうど、子供の頃
お母さんが出かけたとき
お父さんの「(手慣れてない)男の料理」を
食べさせられて
「お母さんのありがたみ」を
感じるような物かもしれません(笑)

これを僕自身は、
英語を使って、コーチングを学ぶという
体験を通して、実感しました。

そしてまた、英語でコミュニケーションをする
ことに、
自分がこれから表現していくこと
相手の話を真摯に聞くことに
対しての新しい感覚
・・・ちょうど左手でご飯を食べたり、
   字を書いたりするもどかしさと
   うまくなっていくのを実感する
   楽しさ
の楽しみを見いだし始めた感じがします。

私たちが、これまでの何十年か
慣れ親しみ使いこなしてきた
日本語の良さと、慣れによる言葉に対する雑さ
に気付くことができたら

自分の話すこと
相手の話を聞くことによって広がる世界は
より、素敵な物になるかもしれませんね。

Watch your watch.
(あなたの時計を見て!)

今はこのくらいしか思いつきませんが

そうですね、
英語でも、話し手の言葉遊びに
笑いでついて行けるようになること
ちょっとした目標です。

といってもいつも、
言葉のことばかり考えるのではなく
言葉の中身も大切だと考えることは
良い話にとって書くことはなしですね。

今日は、英語について書いてみましたが
表現する言葉は、なんであれ。
表現以上に伝わるのは、あなた自身の姿勢だ
ということも知っておくことは大切ですね。

そしてまた、
表現に惑わされず、
相手の姿勢や、真意を受け取る自分の姿勢も
また、大切だということ。

そう、話すときも聴くときも
Mind your mind!
ですね。

では。
posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年05月16日

泳ぎ続けること、呼吸し続けること

マグロは、一生泳ぎ続けます。
泳ぎ続けないと、呼吸ができなくなります。

水の外にいて、何の気なしに
呼吸をしている・・・と思っている
私たち人間にとっては

「マグロさん、大変ですねぇ」とでも
言いたくなる気がします。

特に、泳ぎにあまり良い思い出がなかったり
あまり得意ではなかった人にとっては

「泳ぎ続ける?」もはや、アウトオブクエスチョンです。

ところが、もし、マグロの視点と、マグロの言葉が
分かるカメラがあったとしたら

彼らは、どんなことを言っているのでしょうか?

「人間さん、大変ですねぇ」わざわざ、鼻腔やら
喉の粘膜を通して、酸素に湿り気を与えてまで
どうして、水の外で呼吸するんですか?

「水の外で生き続ける?」もはや、アウトオブクエスチョンですね。

そもそも、身体の仕組みが、それぞれの
生態に合う形で成長しているのですから

互いの当たり前のところ、
それぞれの大変なところは

ある意味、それぞれが理解できないことは
想像の範囲かもしれませんね。

しかし、それぞれにまた、
当たり前にできることもたくさんあります。

どんな存在にも、もちろんどんな人にも
その人が、活きる場所や状況があります。

マグロが、大海原を勢いよく泳ぐように
どんな存在にも、勢いよく、悠々と泳ぐ
場面や状況があります。

その状況で、人間は、マグロのようには
泳ぐことはできませんし、
そもそも、大海原でマグロのように
泳ぐ必要もありません。

それぞれの人が、活きる場所が
必ずあること、そのことに気付いて
信じ続けることで、
誰もが、自分の存在を信じ、活かすことができる
場所と出会うことできそうです。

あなたが、もし、あなたの持てる力で
勢いよく泳ぐ必要ができたとしても
あなたが実践するだけでなく、
ときには、勢いよく泳ぐことが
得意な、たとえば、マグロの力を
借りることができると言うこと。

それを許すことができさえすれば
あなたは、周りの力を引き出せる
自分の力を何倍にも活かせる存在になれそうです。

まずは、
あなたが、一生泳ぎ続ける必要はなく
マグロが、地上で呼吸し続ける必要もないということ
適所に適材が配置できれば
それこそが、それぞれの力を
うまく活かす方法なんだと言うこと。

そこから、あなたの周りの人たちの
良いところ、行かせる場所を探し始めてみませんか?

もちろん、あなた自身の力を活かすのも
同じ方法でいいはずですから、
まずは、自分から始めるのも良いかもしれませんね。

今週も、ちょっとした探求から始めてみましょうか。

では。
posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年05月09日

住めば、都?・・・ふるさとは遠くにありて思うもの

「ふるさとは遠くにありて思ふもの」

金沢出身の詩人
室生犀星の「小景異情(その二)」の
詩の出だしです。

犀星は子供の頃
ちょうど僕の小学校の校区にある
(金沢では校下といいます。)
寺院で育ちました。

その縁からか、卒業した小学校の
校歌の作詞は彼の物です。

この詩の全文は

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

一旦志を持って
都に出たならば、
どんな困難があったとしても
困難な状況になったとしても
帰っちゃいけないんだよなぁ
そんなときに

孤独を感じて
ふるさとに帰りたい・・・
でも、(志半ばであれば)
都に戻らなくちゃ

そんな、葛藤を描いているようです。

明治から大正に掛けての時代
金沢と東京は
距離や時間だけでなく、
気持ちの面でも遠かったのかもしれません。

そのあたりは、現代と少し
事情が違うのかもしれません。

僕自身も金沢を故郷としています。

でも、帰ろうと思えば
飛行機もあれば
列車もある。
高速バスを使えばお安くも買えることが出来る

あるいは、いつでも
電話が出来る。

場合によっては、Skypeも・・・

その意味では、
物理的に故郷はいつも近くにあって
もしかすると
その存在に甘えることが出来ているのかも
しれません。

それ故に
僕の中にある感覚
「あ、どこでも、それなりに
   住めるなぁ」
・・・自然に、“住めば、都”になってる。

そう思えています。

それもこれも、
僕にとって、ふるさとは
特別にならないくらいに
いつも近くにあって

思い出す必要がないくらいに
自然に、そこにある。

いつでも、帰ることを許してくれている
だから、安心して、
ふるさとを忘れていられる。

そんな気がします。

わざわざ、意識しなくて良いということは
もしかすると
幸せなことかもしれません。

空気みたいに、水みたいに
そこにある。

当たり前にある。

全く、贅沢者ですね(笑)


せっかく今回、「ふるさと」と
テーマに書いてみました。

意識して考える機会になったのですから、
近々また、実家に連絡でも
入れてみようかな。

そう思います。

昨日は母の日でした。
来月は父の日があります。

こんな機会に、ふるさとに実家のある方は
連絡をしてみるのも良いかもしれませんね。

このブログを目にしていたとしたら
そのタイミングだったのかもしれませんよ。

偶然も必然ですから。

ぜひ。

では。


posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年04月25日

苦しいからこそ、楽しむことが出来る。(旅の醍醐味?)

「わすれものない?、大丈夫?」

この言葉で、
旅先で
「やっちまった、忘れ物!」
と言う自分を想像して
しまうこと。

皆さんにはありませんか?
ぼくにはあります。

どんなに入念にチェックしようと
もしくは、入念にチェックすればするほど
その「忘れ物予想」は
実はそんなに的中していないけれど
出発前の僕を苦しめたりします。

さてさて、今から考えれば
僕は一体、苦しむために旅行を
はじめるのか?
そんな風に笑ってしまいます。

今でこそ、子供の頃と違って
手元に少々のお金を持っていたり
電子マネーや、クレジットカードが
あるので、

「現地調達」が出来るという
安心感があります。

すると、旅そのものは気楽な物になります。

今、日曜日に
テレビドラマ「仁-JIN-」を
放映していますが、

ドラマの舞台である江戸時代
旅は、一般なものに
なりつつはあった物の

まだまだ、
出発前に水杯を交わして
一応のお別れをするような
物だったようです。

それでも、多くの人が
商売のためであったり
志と遂げんが為であったり
あるいは隠密、俳句
仇討ち・・・時代劇見過ぎですね?

いずれにしても、
生死をかけて自分が得たい結果のために
「旅」を選択していました。

そして、旅そのものが
命をかけた物であった
だからこそ、途中の旅路を満喫したり
宿場で時には羽目を外すことも
必要だったのかもしれません。

必死さへのエネルギーは
仕事、旅路だけではつかいきれない!
といったところでしょうか。

もしも、私たちの人生を
旅に喩えるならば、
私たちは、この旅路に掛けるのは
どんな思いなのでしょうか?

どんな思いに、必死になるんでしょうか?
・・・ときには、思いをはせる
   それもいいですね。


そうすることが出来たら、
江戸時代に命をかけて「旅」に出かけた旅人のように
目的のためにスイッチを入れた
「必死さ、真摯さ」のエネルギーを
きっと、
仕事、ビジョンや目的だけでなく
人生全体に、自分の事、家族のこと
趣味のこと、生活の質のことにも
エネルギッシュに取り組めるに違いありません。

人はその意味では、それほど器用ではない
のかもしれません。

一度やる気に火が付いたら
ターゲットは何であれ、やる気だしてでやっちゃう
そんな存在だと信じています。

もし、今、自分が熱中できていることが
あるならば、自分の人生の旅の
他の分野にも、その熱中力(?)の
お裾分けが出来そうです。

試してみてください。

・・・・出張で、
    すすきのや、歌舞伎町
    栄や、祇園、ミナミ、天神
(詳しくないのでこれくらいで・・)
で出張後大暴れされている皆さん。

きっと、その爆発力と同じくらいの
エネルギーを、仕事に割いていたこと
きっと気づくと思いますよ。

しっかり遊べていれば、きっと、
しっかり仕事も出来ているはずです。
きっと、そう、きっと。

では、また次回。

ブログ「だれもが幸せ体質になっていいんだ!
こちらもご覧下さいね。
posted by nlpfield at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年04月11日

ときにはなすがまま、あるがまま。

今、一年中トマトが食べられます。

果物も
そういえば、いつでも食べられます。

今、「春」を感じるには
テレビ番組や、雑誌、メディア
商品パッケージ

そんなところから「春」を
感じることも少なくありません。

それでも、私たちは
「春は春らしくあって欲しい」し、
「夏は夏らしく、秋も、冬もそうであって欲しい」と
少なからず思っています。

日本に住んでいれば、
四季の変化は、文化だけでなく
生き物としての生活リズムにも
深く関わっているんだなと
思います。

そして、その変化は、
地球が誕生してから生み出してきた
何十億年というリズムの中の、
(おおっ大きく出ましたね)
ほんの小さな数ヶ月単位の
変化なのですよね。

そして、今、その変化を
「自分たちで分からなくして、
  自分たちで確認している」
のかもしれません。

さらに、自分たちの力や
地球への影響力を
やっと今、気にし初めてもいます。

環境に関するここ十数年の動きは
「私たちが地球を守る」という愛“地球”心と
でも言えるかもしれません。

その意味では
私たちはこれまで、
「地球の寛容さ」に甘えてきたのかもしれません
そして、
「地球の偉大さ」に挑戦してきたのかもしれません

そう考えると
私たちは、「反抗期の子供」から「青年」に
成長していく途上なのでしょうね。

今年に入って
大きな被害の出た地震が2つ。
ニュージーランドと日本

単に影響を受けていないから
気づいていなかったものは
もっとたくさんあったはずです。

自然の力を見せつけられたとき
私たちはそのたびに
たくさんのことを学んで
いくのですが、

まだ、学ぶことがたくさんありそうです。

地球の鳴動、大気の鳴動という
大きな変化からだけでなく、

季節の移ろいからも
たくさん学ぶこと、あります。

冬の後には春が来ます。
自然は、厳しい冬の間
春に爆発させる生命力を蓄えます。

私たちも、あるいは
季節のままに、
過ごしてみるのも良いのかもしれませんね。

今、季節は春。
先日の震災からの回復途中の
方々もエリアもあります。

それでも、桜前線のように
被害の少ないところから
徐々に徐々に東進北上して

季節に任せながら
今のあるがままで
春を迎えていきましょうか。

いろいろなことに
積極的になりにくいとしたら

心だけは、自粛や我慢をせずに
春を満喫するのも理に適っているとは思いませんか?

ときにはなすがまま、あるがままで。
posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年03月28日

春のこない冬はない。そして春は生きる力強さを運んできます。

どうも、こんにちは
まさきです。

今週のテーマは「春」。
春は、僕にとって良い思い出と、そうでない思い出の
両方があります。

それでも、「春」は、命の力強さを
運んできてくれていると感じているんですが
皆さんはどうですか?


さて、東京では、桜の開花が宣言されたようですね。

うちの近所には
目黒川があります。
満開になるころには、桜色の花びら吹雪のように舞うとき
あたりは、一瞬時間が止まったかのように
幻想的な景色をつくります。

花が満開になる頃、その下にたくさんの
人が集まって、ま、花より団子なのかもしれませんが、

冬を乗り越えた、喜びを爆発させている
そんな、活気を感じる時です。

現在、被災地や、福島原発の現場で
命を貼って、頑張ってらっしゃる方々が
いらっしゃいます。

そのおかげで、私たちは、
私たちのすべきことができる時間を
頂いています。

その時間を使って、
僕が、今の場所で貢献できること
・・・一つはしっかりビジネスをして
   納税すること
・・・そして同時に心に関するアイディアや
   情報発信をすること
をしていきます。

ですから、そのために
自分のやるべき事をしっかりやったとしたら、
その時には、自分にもご褒美を。

サクラが咲くときには、
一足先に「春」を味併せてもらって
その元気を持って、自分のやるべき事で
直接的にでも、間接的にでも
協力していきましょう。

経済基盤が無ければ、
ボランティア支援だって、募金だって
できないでしょ?

ですから、今できることを通して、
日本全体で、近い将来、
じっくりと「桜」が楽しめる
生活を取り戻せるように・・・。


サクラの花言葉は
「優れた美人」「純潔」「精神美」

そしてその仲間の
ヤマザクラの花言葉は、
「あなたに微笑む」

私たちの回りの木々は、
きっと、この春とともに、「生きる力強さ」を持って
微笑みかけてくれているのかもしれません。

今週もまた頑張っていきましょうね。

では。

まさきでした。
posted by nlpfield at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年03月21日

のんきものの僕と鎧を着けた僕

こんにちは、まさきです。

今回の震災では、自分が自分自身に
「今、何が出来るのだろうか?」
をたくさん問いかける
ことになりました。

救出、捜索の最前線
復興の最前線
原発の復旧現場

今は、ただ感謝です。

交通、食料、燃料事情の
良くない今、より適切な能力を持った人材を
適切に配置すること(精鋭と呼ばれる皆さん)
にならざるを得ないでしょう。
現地に、人数を支える基盤が、整うまでは、
東京でできることで、自分の出番を
伺っていく必要もありそうです。

そんな中で、
「今、何が出来るか」見つけたものから
一つ一つ。

今日のテーマは
「子供の頃なりたかったもの」です。
今、僕がやっていることは、高校くらいの時に
漠然と描いたものに近づきつつあります。

でも、小さい頃は・・・
ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー
小さい頃は
とっても、のんきものでした。
(今もと言われれば、反論はしません)
そして、泣き虫でした。
近所の女の子にも泣かされて
帰ってきたくらいですから

ですから、
みんなと競って遊ぶと
いうよりは、家の中で
図鑑なんかを読んだり
ブロックでものを作ったり
するのが好きな、子供でした。

そのくせ、おしゃべりが
多かったようで(内弁慶って奴です)、
話す仕事、アナウンサーや弁護士に
なればいいのに

みたいなことを言われてた
記憶があります。

のんきものの僕は、
「きっとそうなんだろうな〜」
くらいに、漠然と
自分の中の“なるんだろうな〜”リスト
(なりたいものリストで
   ないところがポイント)
に、アナウンサー、弁護士が

入りました。

そう、この
“なるんだろうな〜”リスト、
恥ずかしい話、
高校2年くらいまで、現役で機能してました。
そして、
今もまだ、影響が無いと言ったら
嘘になります。

この、“なるんだろうな〜”リストは
ずるい思考を作り出した。
「自分で決めない」こと
「自分の為」でやらないこと
「相手とぶつからず」にやること

一見、美しい感じもしますが
自分の本心とも長い間ぶつからずに
過ごしてしまった

そして、この数年、向き合うことに
なっています。自分と。

そんな僕も、
小学校に上がって、
ただただ、
楽しいので、発言をしていたら、
授業が楽しくなって、
授業が楽しくなったら、
授業の内容の理解が進んで

「成績の良い」子というラベルが
 貼られました。

のんきものの僕は、そのころから
鎧を着け始めました。

のんきものの僕で
 あり続けてはいけないかのように

でも、自分が使っているのは
   “なるんだろうな〜”リスト

誰かの期待に応えることが
なにか、自分の目標になったり

言ってみれば、
 試験のためにしか勉強しないし
 進学のため勉強をする

じつは、これ、無意識です。
今振り返ってみたから分かったのですが

あのころから、
 全てのイベントは
 無難にやりこなすことだけ
 ・・・結果にしか意識が行かなくなっていたようです。

こうなると立派なクセですね。パターンです。

こんな鎧を身につけたまま、
ついこの間まで、正直、もがいていたところあいます。

そんな鎧、パターンを持ちながらでも、

高校の時、
人の心を動かせる方法のうち
「音楽をつくること」
「心理学という存在があること」
とであって、

“なるんだろうな〜”リストの横に
“なってみたいな〜”リストが加わりました。

「音楽を作って、誰かの役に立ちたい」
「心理学を学んで、誰かの役に立ちたい」

なってみたいなリストが出来たおかげで
大学は、心理学を学べました。

それから、社会人になって
なるんだろうな〜リストと
なってみたいな〜リストのバランスを取りながら
 ・システム販売会社の営業
 ・物流会社での営業、企画、あともろもろ

そんな経験を通って
今、NLPを伝えることを通して
人のサポートをし始めています。

高校の時に、
進路やビジョンは明確ではありませんでした。
もしかすると、その分、紆余曲折があったのかもしれません。

でも、だから今のスタンスで、NLPを表現する
僕がいるわけで・・・

のんきものの僕が、ある種の就職戦争に
巻き込まれなかったので、

天然記念物的のんきものNLPの
僕がいるのでしょうね。

もっとも、サラリーマン時代
(ビジネスマンとは個人的に言い難い?)
に身につけていた、鎧も
ちゃんと保管してありますから、

程度はあれ、社会人としても
生きていけますから、ご安心を(笑)

あなたの持っている(いた)
「なるんだ!」リスト
「なってみたいな〜」リスト
「なるんだろうな〜」リスト
たまには眺めてみませんか?_

あなたの心の深いところにある

今、あなたの大切にしているもの
今、あなたの得意なもの
今、あなたの手に入れたいもの



核心が埋まっている
 そんな気がしませんか?

ではまた。


ブログ「だれもが幸せ体質になっていいんだ!
こちらもご覧下さいね。
posted by nlpfield at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年03月14日

小さなことから、やってみます。・・・頑張っていきましょう。

東北地方太平洋沖地震に被災された皆様には
お見舞い申し上げます。

私自身は東京にいて、
幸いにも難を逃れることが出来ています。

そして、ここ2日あまりの報道を
ただただ見るだけでした。

その中で、被災されている方へ
何か出来ることはないかそう考えることも
あるでしょうし、

何が出来るか分からない
だから何も出来ない。
そんな風に思う瞬間もあるかもしれません。

そんな時、
僕は、Amebaで、小さな募金の仕組みを見つけて
幾ばくかを募金しました。

そして、電力の不足に対して
必要以上の待機電源を抜いて回っています。

今、できることは、小さいかもしれませんが
やれることをやることで
一ミリでも、一センチでも
被災されている方への、エールになれば
少しでも勇気になれば

どんなに小さな行動も、無駄ではないと思います。

大きなことができなかったといって
落ち込む必要はありません。

出来る事をやることから、
皆さんへのエール、自分たちのエールに
変えていきましょう。

日本人がいにしえから持っている大和魂

その心を大切に持ちながら
今できることで、一緒に頑張っていければ
何かお役に立てれば。

ささやかながら
行動のための情報もお知らせします。

<募金方法>
東北地方太平洋沖地震にWeb/携帯から募金する方法まとめ

<節電方法>
東京電力、東北電力管轄の地域の方へ効果的な節電と計画停電の対処方法をご案内します

posted by nlpfield at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年03月07日

「何でも良いから・・・」は意外と不自由です。

どうも、まさきです。
オープニングのパターンが
なくなってきました。

そんなときには、我が家の楽屋ネタから・・・

うちの夫婦は
どちらも「食べ物」にこだわりが
ありません。

ですので、たまに出かけたとき
ランチをどこで食べようかと言う話に
なったとき、そのことがときに
もめ事の火種になるんです・・・。

ということで、
今週のテーマは「自由」です。

夫婦二人で出かけると、
たまに外出たんだから、
何か食べてこうよ

そんな話になるんですが、
どのお店に入ろうかと
言うところで、「なんでもいいよ」
と言う話になります。

僕自身も食べ物に
強いこだわりはないので
※ある意味適当に近くにある
 良さそうなお店を
 「どう?」って聞きます。

 すると、
  「あんまり惹かれないねえ」
 と返事が返ってくる。

 僕にこだわりがないので
  「そっか、そうだよね」と
 言って、次の候補を
 探し出すことになります。

 ※以下 数回繰り返し(笑)

まるで、音楽CDの歌詞カードの
表現のように※以下数回繰り返します。

そう、
「何でもいいよ」は意外と「何でも」良くないようです。

ここで、アイディアを出す側が
(ここでは僕になります)
どこかで、半ば強引に押し切る形を
取らなければ、アイディアがつき
空腹が募り・・・最終的に険悪な
お出かけになりかけたことも
実際ありました。

ー〜ー〜ー〜ー
この手の会話ご経験有るかもしれませんね。

中途半端に相手に併せるだけでなく
どこかのタイミングでの
「強引さ、引っ張る意思」が
あると、そこに、自由度が生まれる。

つまり、
自由は背骨のないクラゲのようなもの
ではなく、
弓矢のように、
あるいは、すっと伸びる青竹のように

方向や方向性を
しっかり作っておくと
さらに、自由になれるようです。

先週はこのテーマで書きましたが、
今年のNLPフィールドのテーマは
「意思のある風」です。

風の自由さにちょっとした方向性、意志の力を
スパイスにして
心の自由を手に入れる方法を
お届けしていきたいと思います。

・・・「しゅっとした自由」
こんな表現でしょうか。

では。

ブログ「だれもが幸せ体質になっていいんだ!
こちらもご覧下さいね。
posted by nlpfield at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年02月28日

風の吹くまま、気の向くまま・・寿限無

落語「寿限無」に登場する
できるだけおめでたい名前にしようと
和尚さんと親御さんで作った
「寿限無寿限無〜」で始まる
なが〜い名前

その中に
水行末 雲来末 風来末という
おめでたい表現があります。
これは、水の行く末、
雲の来る先、風の来る先には
果てしがないという、無限とか永遠を
表す表現です。

風の行く先も吹くがまま
吹かれるまま、そんな自由さを感じます。

今年のNLPフィールドのコンセプトワードに
ある「意思のある“風”」
今週は、その“風”をテーマに
書いていこうと思います。

風というのはとても不思議なものです。

どんなに無風だといっても
私たちがそこにいるだけでも

きっと、私たちが皮膚呼吸を
しているとしたら、
ほんとに微妙なものかもしれませんが
その呼吸によって
空気の流れが起きているはずです。

もちろん、
車が通ったときには
その力で、空気の流れ、風が
起きます。

さらに、
光が当たって空気が暖められる
反対に、地面の方から冷やされる
そこに、風が起きます。

少なくとも、
地球にあるもの全てが
風を起こしているということに
きづきます。

地球全体のいろいろな風が
毎日、毎瞬、起こって
何かにあたって、方向が変わる、
時には混じり合う、打ち消し合う。

もしかすると、
地球上にいる限り
大地の鼓動、植物の息吹、動物の躍動
そして、人と人との思い、
そんなものを、空気の流れ「風」として
感じるともなく感じ
聞くともなく聞き、
見るともなく見、
伝えるともなく伝えている

そんな気がします。

私たちは、地球上の空気の流れを通して、
自然、社会、人々と
いろいろなつながり、
あるいは、コラボレーションが
本来できるとしたら、

もっと、「風」について
もっと、興味を向けるのは良いかもしれません。

今日はこんな風に感じたこと
風の吹くまま、気の向くまま
書いてみました。

最後に、寿限無の「長い名前」を知りたい方は、Wikipediaまでどうぞ。

では。また。

ブログ「だれもが幸せ体質になっていいんだ!
こちらもご覧下さいね。
posted by nlpfield at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年02月21日

あのフレーズで始まる“名調子”・・・私の尊敬している人

一週間のご無沙汰でした。
ひじま、まさきです。

このフレーズに反応した方が
いらっしゃったとしたら、
そう、日曜のお昼「ロッテ歌のアルバム」
がわかる年代の方ですね・・・。
名司会者「玉置宏」さんの定番でした。
・・・読み方は「たまおきひろし」ですよ
誤解の無いように(笑)

今週のテーマは、「尊敬している人」です。
どうぞ〜。

実は僕には決まった「尊敬する人」は
居なかったりします。

感謝している人、頭が上がらない人
足を向けて寝られない人はたくさんいますが・・・。

どうも、子供の頃から、
先輩や、年長の人を敬うように、躾けられていたようで

子供の頃、近所の先輩の方を
「“○○さんちのお兄ちゃん”と呼びなさい」と
言われていたのを頑なに守っていたので、

まずは、新しい相手と出会うときには
「相手には何かしら、凄い(≒尊敬に値する)所があるはずだ」
という思考パターンが身についたようです。

このパターンが上手く働くときには、
「相手のことを尊厳を持って付き合う」ことに
なるので、かなりジェントルマンです。

一方で、上手く働かないときには
「相手に白旗を揚げて従う」か
「相手に敵意を持って競おうとする」
場合によっては、白旗+反乱(戦い)
つまり、3回ほど前の大河ドラマ・・・「本能寺の変」と
同じ構造が出来上がります。

その事が分かり始めた最近では、

僕の中ではどうも、
「心を許す」=「相手を尊敬し始める、尊敬する」と
言うことのようだと気づき始めました。

つまり、当然、このブログやワークショップで
一緒にやっている、さかいさんやふみこさんを始め、
うちの妻もそうだし、
うちの父、嫁のご両親・・・

小学校時代の担任の先生、中学校の担任、高校の国語の先生
(もちろん担任もですよ)
いろいろな側面で
感謝している相手が、僕にとって尊敬している人
身近な感謝が、尊敬に繋がっているようです。

僕にとって「尊敬」は、相手を「尊厳」もって
お付き合いすること。

であれば、これから、どんどんと
「尊敬する」人、「尊敬すべき」人、「尊敬したい人」が
増えてくるはずです。

これはこれで、将来、本を書いたり
インタビューを受けたりするとしたら
「八方美人」とか言われて困りそうですが、

今のところ変わりそうもありません。

・・・そう考えると、
  軽い感じで「尊敬」し始めるのかもしれません。

僕にとっては身近に「尊敬」を感じているのでしょうね。

どこかに出かけたとき
僕は歴史上の人物と関わった場所を見つけると
そこに立ち寄ってしまうのですが、
(それが、塾の跡地であれ、刑場跡であれ)
僕の中では、その先人に心のどこかで「敬意」を
払いたいと思っている、何かしら「尊敬の念」を
届けたいと思っているからかもしれません。

・・・もし個別に、僕の尊敬する人を知りたくなったら
  メール、コメントください。

その瞬間に“一番”尊敬している人物はお伝えできるはずですから。

・・・玉置宏さん
  あの方の司会という仕事に対する姿勢も
  見習いたいな、尊敬したいとおもっていますね。
  たしかに。

あなたにとって、
尊敬したい人は今だれですか?
これから、尊敬していきたい人はだれですか?

ではまた来週。

ブログ「だれもが幸せ体質になっていいんだ!
こちらもご覧下さいね。
posted by nlpfield at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年02月14日

「お前には、絶対営業やらせる!」と言われた日・・・

こんにちは、アシスタントトレーナーまさきです。

「人間万事塞翁が馬」という言葉があります。
今、もしも思い通りにいっていないことが
あったとしても、
数年後、十数年後経ったときに
その経験が別の成果に繋がっている
ことがある。

そんなことを伝えてくれることわざです。

この諺が伝えてくれるようなエピソードが
僕の新社会人時代にありました。

ということで、
今週のRightFieldのテーマは「忘れられない言葉」です。

改めましてアシスタントトレーナーまさきこと
稗島 正樹です。

今僕自身は、NLPを通して人の心理や行動に
関わっています。
幸運なことに、学生時代、心理学を専攻していて、
できれば、心理学周辺で仕事をしたいという、
自分のやりたい分野の仕事に就くことに
今、繋がったわけです。

しかし、その前には2社のサラリーマン生活が
ありました。
ここも、幸運なことに両者とも
次のステージに進みたいという
話をすることで、前向きな形で退職できました。

その意味では、恵まれていたのかもしれません。

そんな、最初の企業は地方のIT企業でした。
そして最初の仕事は「営業マン」。
心理学専攻をしていたとはいえ、
「営業マン」という仕事に
漠然とした、悪いイメージを持っていた僕としては
それを受け入れたくないと
配属前の研修の時から(当時は約1.5ヶ月ありました)
それとなく、お世話役の人事担当の先輩に話(根回し)をしたり、
システム担当講師の先輩に、
プログラムを早く作れることをアピールしたり
しながら、何とか、「営業マン」を回避できるように
若造ながらいろいろ苦心惨憺していました。

そして、役員面談があって、
そこでも、「システム開発」とアピールして面談を終えた物の

結果は・・・営業部、しかも、提案営業担当。
(提案営業は、当時のはやりのフレーズです)

その事例を見たときの、
目の前の、真っ暗感、表情のコントロール出来ない感を
思い出すと・・・今は、ちょっと恥ずかしい気がします。

とはいえ、配属されて
最初の懇親会で、僕を指名してくれた
当時の担当常務が
僕に話して組ました。

「お前には、絶対営業をやらせたかったんだ。」

「人当たりも良いし、何か勘も良さそうだった。」
「何よりも、人の役に立つの良くないか?
  アイディア一つ、提案一つで、
     相手の会社の役に立てるんだぞ!」

・・・さすがに営業の大親分です。
 どうも、僕の気持ちの動くツボ
 意識的にか、無意識的にかはわかりませんが
 すっかり読まれていました。

 というよりも、たかだか22年程度の人生の
 若造が、営業約30年の大先輩に
 すぐには叶うわけもありません。

そして、何よりもより、高い視点から見て
僕自身がどういう風に、僕自身にとって、さらに会社にとって
その両方で活きるか!

そんな視点で
「お前には、絶対営業やらせる!」
と言ってくれたと思っています。

今から考えれば、
地方の中小企業には
システム部等というのはあまりなく、
ほとんどの場合、社長や役員との
商談になります。

大学での僕ちゃんが社長と
直接話の出来る経験の場が
給料をもらいながら与えられていたわけです。

そして、上手く受注が出来れば、
システム開発の人の喜ぶ(完成、納品)前に
先方とよかったね〜と
喜びを分かち合える訳ですから
大変じゃなかったと言えば嘘になりますが
良い仕事の経験でした。

そして、そのお陰で人と出会って話をする
そんな力もつけることが出来ましたし、
同年代の社員だけでなく
その上司、さらにその上司、最終的に社長の
物の見方を聴くことも出来ました。

「お前には、絶対営業やらせる!」
これを言って貰えたお陰で
もしかすると、今の僕が居るのかもしれません。

実は、この言葉をかけて下さった
当時の常務さんは
もう十数年前に、お亡くなりになって、
直接、お礼を言ったり
恩返しをすることは叶わなくなっていますが、

僕自身は、この受けた想い、ある種の愛情を
次のチャレンジを迎えている人々の
成功の力になると言う形で
返していけると嬉しいです。

みなさん、今、どんな言葉をもらってますか?

中には、今、うざいな、とか、うるさいなとか
感じている物もあるかもしれません。

それでも、一度、面と向かってでなくても構いません
・・・そのときはこっそり
受け取ってみて下さい。

もしかすると、数年後のあなたにとって
かけがえのないエールやアドバイスを
もらっているかもしれません。

なにしろ、「人間万事塞翁が馬」と言うことらしいですからね。


では、また来週こちらでお会いしましょう。

ブログ「だれもが幸せ体質になっていいんだ!
こちらもご覧下さいね。
posted by nlpfield at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年02月07日

とっておきの瞬間、雪国の冬も良いですよ。


一週間のご無沙汰です。
アシスタントトレーナーまさきこと
稗島 正樹です。

先週末は大寒波で日本中・・・というよりは
日本海側で大きな混乱がありました。

降りすぎると困る雪ですが、
そんな雪景色をみると、調子が出るそんな瞬間が
僕にはあります。

ということで、今週は
「自分の好きな瞬間」をテーマにお送りします。

僕は、北陸石川県の生まれで、
30になるまで実家以外に住んだことはありませんでした。

日本海側特有の
「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるように
一年を通して天気が悪い。
想像できる方もいらっしゃると思いますが
「鉛色」の空っていう奴です。

そして、冬の間、この「鉛色」の空が続きます。
小学校で習いますよね
「西高東低の冬型」日本海側気候です。

それでも、子供の頃や
学生の頃は、雪がたくさん降りました。
雪かきやスリップをするなど
良くないことも少なくないのですが、

雪がきちんと積もると
明るいんです。

家の明かりや街の明かりを
きっちり反射して
明るいんです。

雪に反射して雪全体が
ほの明るくなります。
これも自分の好きな風景の一つです。

そして、僕が好きな瞬間は
この積もった雪に、朝日が反射する風景を
見たとき。

そして、それがゲレンデで、
今まさに「滑降開始」の瞬間

だったら文句なく最高です。

30年あまり住んだ北陸では
(少なくとも僕にとっては)
光があふれて、その光に包まれながら
「キン♪」と冷えた空気を
呼吸する。

・・・今住んでいる東京と違って
ガレージにあった車には
いつもスキーが積んであって
行こうと思えば、
30分。。。そこはゲレンデでした。

よく考えれば、
「鉛色」の空の代わりに
手軽に白銀で楽しむことが
手に入っていたわけですね。

今も、自分がここぞ!と言うときに
自分の「良い感覚」を呼び覚ます
為に、この
「きらきらのゲレンデでまさに滑降し出す」
この感覚とても役立っています。

何かのテスト時も
滑り出・・・いえ、飛び出す感じで
上手く活用しました。

こう考えてみると、
僕にとっての「好きな瞬間」は
以前の僕にとって身近にあったこと
に気づきました。

・・・東京に来て無くなったの?
そう言われそうですが、

今の家に越してから
新しいもの増えましたよ

それは、飼い猫2匹が
ノドをごろごろ鳴らすのを聞きながら
ごろごろしているとき。

これは、ここぞと言うときよりは、
落ち着きたいとき
力を抜いてやりたい時用
ですね・・・。

さて、皆さんには
こんな「自分の好きな瞬間」
どのくらいありますか?

そして、とっておきの瞬間は
どれですか?

また、また、探ってみるのも
楽しいですよ。

では、また来週。

ブログ「だれもが幸せ体質になっていいんだ!
こちらもご覧下さいね。
posted by nlpfield at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記