★NLP1dayレッスン 開催中!★
   

2011年03月15日

不安なこと、できないことではなく、安全のためにできることから始めよう!

おはようございます。

(株)NLPフィールドの酒井です。


被災地にみなさまにおかれましては
今も非常に御辛い状況にいらっしゃると想います。
お互いを労わりながら
心からこの難局を乗り越えて頂けることを祈っています。

また、お亡くなりになられた方には
心からお悔やみ申し上げますとともに
ご冥福をお祈りしています。

被災地にご家族やご友人のいらっしゃる方も
心落ち着かない日々が続けているかと想います。
必ず、ご連絡が取れお元気である姿や声に触れられるように
どうぞお気を強くお持ちになり、くれぐれもご自愛下さい。



また、こちらでは今朝にも余震がありましたが、
みなさまは大丈夫でしたでしょうか?


昨日と比べると今日は交通機関も
順調に動き始めていて
テレビも報道番組のテイストも変わってきて
徐々に震災後から日常へシフトし始めてきたように想います。


私たちは、これまでの生活してきた日常という基準があります。
それと異なる現状を目の当たりにしたときに、
自分の日常を基準に物事をみてしまうクセがあるようです。

そんなときには、大きく深呼吸して
周りでどんなことが起こっているのか
外に基準にペーシングしていくことが大切になります。

なぜなら、内的な日常の基準と外の現実とのGAPから
不安や心配を生み出してしまうからです。

今、起こっていることを基準にして
安心、安全にするために何ができるのか?
そんな問いかけをすることで
私たちに力が戻ってきます。


私自身、余震直後は
また来るんではないか、という軽いパニックになりました。

心臓がドキドキして、呼吸が速くなっている自分に気づいたのです。


NLPを学んでいたため、
私自身は、呼吸を落ち着かせ、センターを取り直し
そして、自分でフォビアキュアというスキルを使い
記憶と感情の結びつきが強かったものを
うまく分離させることができました。


私はたまたまNLPの技術を持っていたので
良かったのですが、
一般の方には、それができずにいらっしゃる方もいると想います。

そこで、私の師匠である
ニュージランドのリチャードボルスタッド先生に
問い合わせをして、
これから私と同じような症状が出る方に
NLPで何ができるかを問い合わせてみました。


ニュージーランドでは
東日本大震災の前に
クライストチャーチで大地震がありました。

リチャード先生は、
その時に、トラウマキュアチームを結成して
クライストチャーチの対応についてまとめ
HPに情報を掲載しています。
http://www.transformations.net.nz/trancescript/christchurch.html

損害賠償保障などニュージランドのほうでは
きちんと整備されている環境で
支援ができている姿が垣間見れました。
社会のなかでNLPが貢献しているんですね。

こちらを読んで感動し、
日本の私たちにできることはないかと
問い合わせたところ
リチャード先生が、日本向けにこちらを応用したHPを
作ってくれました。
http://www.transformations.net.nz/trancescript/japanearthquake.html

現在、こちらをユール洋子先生、伊藤真弓トレーナー
そして、ニュージランド在住の柳井先生にご協力頂き
翻訳をしています。


震災後には
まずプロフェッショナルによる人命救助

そして、その後に
被災者の方が、支援物資の配給は住宅の建設など
日常生活に戻っていくフェーズを経ていきながら
心的に痛みを伴った方へのケアも始まっていくと想います。

まずは、私たちで支援できる情報を共有し
その時までに私たちができることを行ないながら、
協力できることをさらに考えていく必要がありそうです。

まだ、原発の問題など
見守らなくてはいけないものはありますが
一方では、私たち日本人の素晴らしさにも触れられ
お互いに協力しあい、
前に進む姿も感じることができました。


自分ひとりでは何もできない無力感をもつこともありましたが
きっと日本が、これを機会に
新しくトランスフォーメーションしていくために
私たち一人ひとりができることを積重ねて
進めていくことが大切なときかもしれません。


周りには子どもたちが無邪気にはとを
追っかけている光景なども見受けられます。

こうしたときでも
幸せはわたしの側にあります。

そのことにも同時に気づいていって欲しいです。



posted by nlpfield at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | さかいの日記

2011年03月14日

小さなことから、やってみます。・・・頑張っていきましょう。

東北地方太平洋沖地震に被災された皆様には
お見舞い申し上げます。

私自身は東京にいて、
幸いにも難を逃れることが出来ています。

そして、ここ2日あまりの報道を
ただただ見るだけでした。

その中で、被災されている方へ
何か出来ることはないかそう考えることも
あるでしょうし、

何が出来るか分からない
だから何も出来ない。
そんな風に思う瞬間もあるかもしれません。

そんな時、
僕は、Amebaで、小さな募金の仕組みを見つけて
幾ばくかを募金しました。

そして、電力の不足に対して
必要以上の待機電源を抜いて回っています。

今、できることは、小さいかもしれませんが
やれることをやることで
一ミリでも、一センチでも
被災されている方への、エールになれば
少しでも勇気になれば

どんなに小さな行動も、無駄ではないと思います。

大きなことができなかったといって
落ち込む必要はありません。

出来る事をやることから、
皆さんへのエール、自分たちのエールに
変えていきましょう。

日本人がいにしえから持っている大和魂

その心を大切に持ちながら
今できることで、一緒に頑張っていければ
何かお役に立てれば。

ささやかながら
行動のための情報もお知らせします。

<募金方法>
東北地方太平洋沖地震にWeb/携帯から募金する方法まとめ

<節電方法>
東京電力、東北電力管轄の地域の方へ効果的な節電と計画停電の対処方法をご案内します

posted by nlpfield at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | まさきの日記

2011年03月11日

私はわたし。


皆さん、こんにちは。Fumikoです。

今週のテーマは「自由」。

私は現在、鎌倉にある、知的障害者の施設で
対人支援の仕事をしています。

そこには、約70名ほどの人たちがいるのですが
一言も言葉を話せない人もいれば、
トイレの訴えをすることができない人、
言葉は話せても、現実と妄想がごっちゃになっている人、
加えて身体障害もある人など本当にさまざまな人たちがいます。

そんな中、私が担当しているクラスの中で
20代の全盲の女の子がいます。

知的障害に加えて全盲のため
着ること、食べること、トイレ、お風呂など
生活全てにおいて介護が必要です。

そんな彼女の毎日着てくるお洋服が
とても可愛らしいものばかりで、
綺麗なクリーム色のタートルネックセーターや
鮮やかな紫色のジャンパー、
そして下着まで、花柄や水玉のプリントがついていて、
本当に可愛らしいものばかりなのです。

おそらくお母さまの愛情なのでしょう。

でも、本人はそれらがどんなものかを見ることはできません。
毎日、親が与えたものを来ているだけです。

でも、その彼女を見ていると、

何を着るかを自分で選ぶことはできないけれど

何を着るかということに全く左右されない、

「私はわたし」という非言語のメッセージを

いつも感じるのです。

私たちは、ともすると、目が見えないという
“不自由さ”だけに意識が向きがちですが
そのことが逆説的にもたらしてくれているもの、
つまり、着るものへの「執着心」から全く解放された
ある意味『自由』な状態を得ているということを
彼女は教えてくれました。

普段、私たちは着るものに限らず、多くのものことに対して
「自分らしさ」や「こだわり」などを大切にしていて、
自分で選ぶという選択肢、つまり『自由』があるわけですが

時どきは、彼女を見習って、この恵まれた環境に感謝をしつつ
意識の中だけでもそれらを一度、手放して
“素”の状態になってみたいと思う今日この頃です。

「私はわたし。」

何を着るか、何を持っているか、何をするか、
などに全く関係なく

「私はわたし。」
posted by nlpfield at 11:58| Comment(2) | TrackBack(0) | ふみこの日記

2011年03月10日

NLPフィールドのワークショップのご案内(3.10〜)

_____[NLP各種コースのご案内]_______________

■NLPを学びたいけれども
教育機関がたくさんあってわからない。
誰かに相談したい
→NLP無料相談会

■平日の夜にNLPを体験したい方
→NLPショートセミナー

■初めてだけれどもNLPを本格的に学んでみたい
NLPプラクティショナーコースを考えてみたい
自分に自信をつけるための方法を知りたい
→NLP1dayレッスン

■NLPを学んで自分の人生を今年は変えたい
コーチングやカウンセリングの技術を格段に向上させたい
会社を独立したい、もっと自分を向上させたい
→NLPプラクテョショナーコース

■個別の相談やテーマがあり、NLPで解決したい
→NLPコーチングセッション

■海外の講師からNLPやエリクソン催眠の
原点を学びたい
→ヒーローズジャーニーとジェネラティブセルフ

______________________________

NLPとは何ですか?→ こちらをご覧下さい。
NLPをまずはメールで学びたい
 無料メールセミナー
   「幸せを生みだす心のガイドブック」→ こちらからお申込下さい
NLPの無料冊子が欲しい
 資料請求フォームよりお申し込みいただけます
                → こちらからお申込下さい


今日は現在、私たちNLPフィールドで
ご提供させていただいている、
ワークショップ、トレーニング、体験会、相談会について
ご紹介いたします。

NLPを日常で活かし始めるための参考に
ご活用いただけると幸いです。。



■NLP無料相談会

ドラマやバラエティー番組でも
心理学やコミュニケーションを取り扱ったものが
増え始めています。
そして、心理学的な知識やコミュニケーションの
スキルを適切に学ぶことは、決して誇張ではなく
私たちの仕事や人生を好転させます。

そうはいっても、
「学ぶと言っても、なにから学べば?、
  どんな風に学べば?、そして、誰から学べば?」
そんな疑問をお持ちになるのは無理からぬ事。

そこで、この相談会ではNLPに関する疑問、
(よくわからないから概要を知りたいモノでもOKです。)
NLP講座の選び方、NLPの活用の仕方などについて
にお答えしていきます。

お電話、もしくは申込フォームにてご予約下さい。
(直前18:45まで受け付けております。)

【日程】 2011年3月8日(火)
担当:稗島正樹
【時間】 19:00〜21:30(予約受付完了時刻 18:45)
 
【会場】 ちよだプラットフォームスクエア
http://www.yamori.jp/modules/tinyd2/index.php?id=10
  
→お申込はこちら



■NLPショートセミナー

   次回開催をお待ち下さい。

■NLP1dayレッスン

この講座では、NLPを初めて学ぶ方を対象に
なぜ、NLPを学ぶと人生が豊かになるのかを
非常にリーズナブルな価格で、
分かりやすく本格的にお伝えしています。

また、コーチングやカウンセリングなど人を支援している方や
リーダーなど人の上に立ってチームをまとめていく方などは
人の効果的なモチベーションの上げかたと同時に、自分自身の
感情のコントロールや不動の軸を形成することができるように
なります。

4,5,6月のワンデイレッスンは
北海道開催と、三重開催となっています。
・北海道開催では、NLPを活用したコミュニケーションを
 通じて支援の幅を広め、効果を高める手法が学べます
・三重開催では、自己との会話に焦点を当てて、経営者・起業家として
 抱えている悩みを解決するすべを学べます。

また、NLPプラクティショナーコースを学びたい方には
講師に触れる絶好の機会です。
NLPは講師の教え方や相性によって、学ぶ側の受け取るものが
変わってきます。
コースを考えている方は、金額や日程以上に講師との相性を
大切にして下さい。

→詳しくはこちら

<東京開催>は次回8月中旬を予定しております。
<北海道開催>
【日程】 2011年5月21日(土)/講師:酒井利浩
【時間】 10:00〜17:00(※30分〜1時間ほど延長する場合があります)  
【定員】 16名
【金額】 12,000円(税込)
<三重開催>
【日程】 2011年6月4日(土)/講師:酒井利浩
【時間】 10:00〜18:00(※30分ほど延長する場合があります)  
【定員】 16名
【金額】 16,000円(税込) ※テキスト代・昼食代込み 
【会場】 メッセウィング・みえ 2F

→お申込はこちら


■NLPプラクティショナーコース

NLPを日常で実践するためにトレーニングしていくコースです。
この10日間は、効果的なコミュニケーションの手法を学び
いつでも自分や他人の意欲を高める方法を手に入れます。
また、自分のこれからの未来を自分の手で手に入れるために
押さえておくためのいくつかのポイントを実践レベルまで
学んでいきます。
NLPを本格的に学び、人生に役立てようと決心した方には
手ごたえのあるコースです。

→詳しくはこちら

【日程】 第10期
2011年3月19日・20日、4月2日・3日、4月23日・24日、5月7日・8日、
5月28日・ 29日<全10回>
【講師】酒井利浩 【アシスタント講師】稗島正樹
【金額】 38万円(税込)
<早期割引:34万円、NLPプラクティショナー資格保有者:19万円>
資格取得費用別途3万円(税込)

→お申込はこちら



■NLPコーチングセッション

今、抱えている問題を解決したい、
これから本気でやりたいことを目指したいが一人だとサボってしまったり
甘えてしまうので、コーチをつけたい
など、個別の様々なニーズに対して、
NLPを身につけたマスタープラクティショナーが
あなたをサポートしていきます。
1回からOK。

→詳しくはこちら


■ヒーローズジャーニーとジェネラティブセルフ

この4月、いよいよ欧米で大変人気が高かったあの講座が
初めて日本で開催されます。

「ヒーローズジャーニーとジェネラティブセルフ」

この講座は、現在NLP第三世代のフロントランナーである
ロバートディルツ氏と
ミルトンエリクソンの直弟子であり、第三世代NLPに強い影響を与えた
スティーブンギリガン氏とのコラボレーションセミナーです。

このお二人でこの金額というのは
欧米ではありえない設定です。

特にNLPトレーナーをしている人は
こうした人たちのフィールドやバックグラウンドを持って
ぜひ、日本で良質のNLPを教えて欲しいと願うばかりです。

また、NLPを学んだ方も
本当のNLPはどういったものなのかをこの講座から
体験して欲しいと想います。

きっとこれまで学んできたことが
以外に枠に囚われていたものだということに気づくでしょう。

→詳しくはこちら
posted by nlpfield at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ワークショップ告知

2011年03月09日

心が折れることと「自由」との関係

今回は東京プラクティショナー受講生のMackyさんより
「自由」についてのとても興味深い内容を
もらうことができました。

そして、初の受講生の共演。
今日は午前中と午後に受講生の日記を
掲載していますのでお楽しみ下さい。


   +   +   +


あなたにとって、
「自由」とはどんなことでしょう?


なにかしたいと思ったときに、
誰にもうるさく言われず、
欲しいものが思うように手に入り、
行きたいと思う所に行って、会いたい人に会える・・・


つまり、自分の期待どおりにものごとが動くこと、
それこそが自由・・
とかつての私は信じて疑いませんでした。


そして、そんな生活に憧れもし、
自然の成り行きとして、
それに近い生活も送ることも叶いました。


でも、いざ求めていたものを手にしたとき、
その自由から得られる満足感が決してなかったわけではありませんが、
期待していたほどでもなく、
そして、それが長続きすることもありませんでした。


そこで、そういうときに誰でもがすることですが、
また次の満足を求めました。

求めては満たし、求めては満たし・・
の連続で、どこか不安定で、どこか期待はずれ、
いつも喉の渇きが治まらない・・・
そんな状態が続きました。


私が求めていたのは「自由」ではなく、
「欲望」や「願望」を満たすことを
「自由」と思い込んでいたのかもしれません。



昔読んだモーパッサンの「ひも」という短編に、
一人の農夫が登場します。

彼は、市場で拾った一本の紐を、
何気なくポケットに入れてしまいます。

ところが、それがきっかけで、
その時たまたま「財布がない」と騒いでいた女性や市場の人々に、
無実の罪を着せられることとなるのです。

彼のみすぼらしい身なりも、
人々の疑いをよりいっそう大きくしました。

その後、盗まれたと思われた財布は
思いがけないところから出てきたため、
農夫にかけられた疑いも消え、
彼は、晴れて自由の身となりました。

その出来事は、その場に居合わせた野次馬や警官、
そして、落とし主だった女性にとっても、
数日後には忘れ去ってしまうような些細な事件にすぎません。

実際人々はそんなことがあったということさえすっかり忘れ、
元の生活に戻っていきました。

ところが、農夫だけは、
その数時間のできごとを生涯忘れることができませんでした。

彼の時計の針はその時点で進むことを止め、
頭の中では、四六時中その事件が再生され続けたのです。

大切にしていた畑には雑草が伸び放題・・
それ以来一度も耕すことなく荒れ果てた畑を残したまま、
農夫は最期を迎える・・

といったあらすじでした。


この短編を読んだとき、
もしも自分がこの農夫だったら・・・

どうやってそのショックから立ち直り、
どうやってその記憶から自分を自由にできるだろうか・・
と深く考えさせられました。


そして、
心が折れるというのは、
『心の自由』が奪われてしまうことなんだな・・・

と思いました。



もう一つ、
「自由」にまつわる、
わたしにとって忘れることのできないストーリー・・


かつて、ナチスに捕らえられた精神科医フランクルの話です。

ユダヤ人というだけで、
子供も大人も無差別に収容所に送られ、
400万人ものユダヤ人が殺戮された第2次世界大戦中の出来事です。

フランクルも、
極寒の地で最低限の衣食住も満たされないまま、
過酷な労働を強いられました。
その上、人間としての尊厳も奪われるような屈辱のなかで、
3年間暮らしたのです。

それでも彼は、希望を失うことなく、
ついに生還し、収容所で心に描き続けてきたとおり、
そこでの体験から学んだ彼の哲学を人々に伝え続けました。

彼を収容所の中で支えていたのは、
人々の役に立ちたいという強い願望でした。


人生に何を求めるのかではなく、
あなたは、与えられた人生から何を求められているのか?

と、フランクルは私たちに問いを発します。


彼は出来事や環境の「犠牲者」でいる代わりに、
いつも自分がその状況の主権を握る主人公でい続けたのです。

その時に破棄された論文を、
彼は収容所内で、小さな紙切れに記号で書き続けたとも言われています。
破り捨てられては書き、破られては書き、その繰り返しだったとも・・

そして、そのような過酷な環境のなかで、
収容所の空を赤く染める美しい夕日に、
フランクルは今までになかったほどに心を奪われ、感動するのでした。


『自由』というのは、
必ずしも物理的な条件が満たされなければ得られない、
いうわけではない・・

と初めて私に思わせてくれたのは、フランクルのこの物語でした。


インドに伝わる古典「バカバッド・ギーター」のなかで、
クリシュナ神が戦士アルジュナに語る、次のような一節があります。


「幸せと不幸を平等にみたとき、
 この世の苦しみから解放されて『真の自由』を得るだろう」


わたしたちが恐怖や怒りから開放されたとき、
何が起きようとも心が波立たず、
すべてのできごとを中立のものとして受け止められるようになる・・
そんな意味でしょうか?


だからといって、心を鈍くして、何があっても諦めよ・・ということではなく、

ギーターには、

「結果に対するいっさいの執着を捨て、
 ただひたすら己の義務に集中せよ」

というクリシュナの言葉が、何度も何度も、繰り返しでてきます。

戦士には戦士の、
商人には商人の、
王族には王族の、
庶民やスードラに生まれたなら、
そこで与えられた瞬間にただ集中し、努力を惜しまず、
徹底的に献身せよ、と言っているようです。


つまり、変えることのできないものは素直に受け入れ、
自分の努力でなんとかなるものには深く集中せよ・・
ということでしょうか。


階層のない日本に生まれた私たちの人生にも、
自分ではどうにもならない、
避けて通りたくなるようなでき事が突然訪れることがあります。


中立であるはずの出来事に「心の自由」を奪われ、
囚われたままそこから抜け出せなくなることも、
誰にでもあるでしょう。


そんな時、犠牲者になりきっている自分が、
人生の主権をとりもどすのは容易なことではありません。

それでも、きっといつの日か、
人生に何を求められても、何が起きようとも、
笑って”YES“と言える自分になれたら・・。


それがフランクルの問う、
あなたは人生から何を求められているのだろうか・・
ということであり、
ギータの語る『自由』・・
ということなのかもしれません。


そして、いつの日か、
『自由』の中で心地よく泳ぐ日が訪れるとしたら・・・

その境地の中で見える景色は、今とどのように違うのでしょうか・・・


もしも、この人生で求められた課題を果たしきったとしたら、
そのとき、あなたのこころは、『自由』をどう感じているでしょう?

そして、そのとき手にした『自由』とは、
今思う「自由」と、どうように違うのでしょうか?


posted by nlpfield at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 受講生の日記

私の“自由”観


今回は、北海道マスタープラクティショナー受講生の
永江さやかさんです。


北海道で養護教諭の先生をして
たくさんの子供たちと接しています。

NLPフィールドの参加者の声にも登場して頂いています。


彼女の内容から、
あなたにとって「自由」って何だろう?

と考えてもらえたら嬉しいです!


*****************************

なにものにもとらわれないとか、
遮る物がないというよりかは、
ちょっとマイ ナスイメージからのアプローチになってしまうけれど、

「不自由になったときに初めて知るもの」

なのかもしれないなぁ、ということ。


逆に言えば、
それほど自由というものは無色透明で、
空気のようで水のような、
うっかりすると当たり前だと思えるものなのでしょう。


太平洋戦争後すぐの日本は生活環境が劣悪な上に、
たくさんの大人が戦争で命を落としてしまったがために、
孤児がたくさん巷にあふれていたわけです。

戦争の恐怖を緩和するために
まだ国が覚醒剤を合法として販売し、
終戦後その余剰分を普通に薬局で「ヒロポン」という名前で買えてしまう、

そんな社会情勢の中、
子供を保護し、教育していくことは、
国の再建において急務だったわけです。


GHQを中心に、
子供が子供らしく生きられるように、
なかば強引に保護し、
養護施設に“収容”(という言葉を使ってしまいますが)していきました。
 
当然、食べること、着ること、
そして教育を受けることが最低限保証されます。


路上の孤児であれば、
劣悪な生活環境の中で餓死したり、
悪い大人の食い物になる可能性もあることから考えても
それは天と地ほどの差があることは歴然としています。


でも、ここから脱走する子供が後を絶たなかったそうです。


何故か?


彼らにとって一番大切だったのは、
「自由」だったから。

彼らにとって、
生きることはご飯を食べる食べない、
でなく、

「自分で決めたように自分で生きていくこと」

だったから。


育ち盛りの子供ですから、
心配しなくても毎日ご飯を食べられるというのは
何にも代え難い幸福の一つではあったはずです。

しかし、それを捨ててでも自由を選んだのは、
それを失ってみて初めてその大切さをかみしめたからでしょう。



自由というものを考えるのに、もう一つのお話があります。

これもまた戦争の話になってしまいますが、
第二次大戦中、連合軍の捕虜がドイツ(ナチス)の収容所に
いたときの話でこんなのがあります。


それぞれの国(イギリスやアメリカなど)の軍人が
バラバラに取り混ぜてグループとなり、
3つほどの監房に分かれて過ごしたときのこと。


ある監房のグループは、
一つの椅子を取り出し、
「よし、今日からここには小さな女の子がいると思うことにしよう。」
一つのゲームをみんなで取り決めました。

見えないその女の子に名前をつけ、
彼らはまるでそこに実在しているかのように
生活をしました。

当然、丸裸にもなれないし、
汚い言葉を吐いたりもせず、
紳士らしく振る舞って生活をしたのです。

女の子のために花を摘み飾り、
部屋を綺麗にし、
架空に決めた誕生日を祝う会まで開いたそうです。


結果、3つの監房の中で、
全員が生き残ったのはこの監房だけでした。


他の房では途中でけんかをして死んでしまったり、
希望を失って自殺したり、
すさんだ生活のストレスによって
寿命を縮めた者もたくさんいたそうです。

一見するとばかげたゲームのようでしたが、
それは心や命を支える大切な働きをしたのです。

捕虜になるという、
自主性や尊厳が無視された世界の中で、
“自分で決めた”ルールを守ることで、
それは彼らに希望を与え、そして支えとなったのです。


余談ですが、
私の母校は自由な校風で地元では有名なのですが
(なにしろ制服も、校則もない)、

校訓が「自主 自律」で、
自由は「自主性」と「自分を律する」ことで、保たれる、
というこの意味を今更ながらかみしめているところです。


NLPやコーチングの世界でも、
「自分で決定する」ということを大切にしますが、
私はNLPの勉強を始めたとき、
これらの話を真っ先に思い出しました。


私の「自由」ってそんな感じで大切なものとして
自分の軸を構成しています。


posted by nlpfield at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 受講生の日記

2011年03月08日

自由な世界で、初めて自分が不自由だと気づく

おはようございます。
(株)NLPフィールドの酒井です。

今週は「自由」をテーマに書いています。


「自由」と聴くとあなたはどんなことを連想しますか?

何かから逃れることを自由と定義するのか、
もっと今よりも選択肢が広がることを定義するのか
それとも、気持ちの問題なのか・・・


そして、あなたはどんなときに「自由」を感じるのでしょうか?


私は、小学生のとき
家から学校まで通学路というものがあり
その道は、赤く塗られていました。

赤い道には、頑丈な鉄の柵があって
車が通れないようになっています。

そして、ずっと登り坂一直線になっています。


私はいつも遅刻しそうな時間に学校に行っていたため
毎日、この赤い道を走っていきました。


そして、ある時
こんな風に思ったんです。(小学生のときに・・・)

ぼくの人生は、
いつもこの決まった道をこうして駆け足で走っているんだ。

何だか、この道から外れられないような気がしていましたが
そんなことを考えると時間に遅れるので
考えないようにして、前だけ向いて走っていました。



それから、私は
周りからの期待というレールの上を
ずっと走っていたように想います。

それは、何かある幅を持ってはいるのですが
そこから逸脱してはいけない、
そんな真面目さを伴ったものでした。


そして、その期待の道を歩いていれば
一方では嫌であっても、一方では守られているような
感覚もあったのです。

だから、どこかでその道が他の力で
壊されないか、と期待していたこともありました。
そしたら、自分の責任ではなく、他の道を模索できたからです。


そんな生き方をしていた私があるとき
本当の自由ってこんな感じなんだ、と
体感したことがありました。


それは、インプロという即興演劇をしていたときです。

即興演劇というのは、
台本のないお芝居です。

例えば、相手が「お父さん」と私に語りかければ
私は「お父さん」になり、
相手に「なんだ、そんなところに隠れていたのか?」
と言えば、
相手は、その言葉に従って役割を演じることになります。

そして、お互いのコミュニケーションから
状況の設定からお互いの関係性、ドラマが生まれてきます。

そこに参加する人は
どんな話が展開されるかは全く分かっていません。

今、その時に起こることを積重ねていきながら
言葉と演技で表現していくのです。



この即興演劇の面白いところは
自分ひとり勝手に話を進めることができない点です。

そして、また設定も
平安絵巻から戦国時代や未来の宇宙ステーションの話まで
時と場所を超えて生まれてくるものなのです。


それをトレーニングしているうちに
自分の心の中で、
自分の行きたいところや住みたいところは
自分で決めていいんだ、ということに気づいたのです。


インプロは、とにかく誰かが何かを決めないと
話が進みません。

そして、それも何でも自由に決めて構わないのです。

決めたこともとにどんどん話を進めるので
何であれ、決めたことを尊重し、共有し話を展開していくのです。


しかし、人は自由に決めていいといわれると
無限の選択肢があって決められなかったり、

共演者のことを考えると自分が勝手に決めて
相手に迷惑をかけないかとか

勝手に自分で自分を不自由にさせていくのです。


そのことに気づいたとき
架空のインプロ空間に限らず
私たちの人生も同じだ、と思ったんです。


自分の住みたい場所、ともに人生を送りたい仲間
多くの時間を使う仕事、自分が貢献すること

それは、自由に自分が選んで構わないんです。


その時に
自分が生活したい場所、やりたい仕事を選ぼうと
心から想いました。


そして、NLPを学んだとき
インプロも面白いけれども
もっと学術的にも、そして心理面でも心や考えの囚われから
解放できる方法があるんだ、と実感しました。


私のNLPでは、こんな理由から
インプロの手法もたくさんとりこみながら
心の囚われや固執した考えから自由になる方法を
体験してもらっています。


だからこそ、参加した多くの方が
自分のやりたいことや生きたい場所を選んでいるんだと
想います。


あなたもそろそろ決められた道から
飛び出してみませんか?

本当の自由な世界に行けば、
自分が自分をどれだけ不自由にしていたかが
よくわかりますよ。

それに気づいた人が
NLPを使うと、心から解放された自分を取り戻せるようになります。









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2011年03月07日

「何でも良いから・・・」は意外と不自由です。

どうも、まさきです。
オープニングのパターンが
なくなってきました。

そんなときには、我が家の楽屋ネタから・・・

うちの夫婦は
どちらも「食べ物」にこだわりが
ありません。

ですので、たまに出かけたとき
ランチをどこで食べようかと言う話に
なったとき、そのことがときに
もめ事の火種になるんです・・・。

ということで、
今週のテーマは「自由」です。

夫婦二人で出かけると、
たまに外出たんだから、
何か食べてこうよ

そんな話になるんですが、
どのお店に入ろうかと
言うところで、「なんでもいいよ」
と言う話になります。

僕自身も食べ物に
強いこだわりはないので
※ある意味適当に近くにある
 良さそうなお店を
 「どう?」って聞きます。

 すると、
  「あんまり惹かれないねえ」
 と返事が返ってくる。

 僕にこだわりがないので
  「そっか、そうだよね」と
 言って、次の候補を
 探し出すことになります。

 ※以下 数回繰り返し(笑)

まるで、音楽CDの歌詞カードの
表現のように※以下数回繰り返します。

そう、
「何でもいいよ」は意外と「何でも」良くないようです。

ここで、アイディアを出す側が
(ここでは僕になります)
どこかで、半ば強引に押し切る形を
取らなければ、アイディアがつき
空腹が募り・・・最終的に険悪な
お出かけになりかけたことも
実際ありました。

ー〜ー〜ー〜ー
この手の会話ご経験有るかもしれませんね。

中途半端に相手に併せるだけでなく
どこかのタイミングでの
「強引さ、引っ張る意思」が
あると、そこに、自由度が生まれる。

つまり、
自由は背骨のないクラゲのようなもの
ではなく、
弓矢のように、
あるいは、すっと伸びる青竹のように

方向や方向性を
しっかり作っておくと
さらに、自由になれるようです。

先週はこのテーマで書きましたが、
今年のNLPフィールドのテーマは
「意思のある風」です。

風の自由さにちょっとした方向性、意志の力を
スパイスにして
心の自由を手に入れる方法を
お届けしていきたいと思います。

・・・「しゅっとした自由」
こんな表現でしょうか。

では。

ブログ「だれもが幸せ体質になっていいんだ!
こちらもご覧下さいね。
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2011年03月03日

風になりたい


皆さん、こんにちは。Fumikoです。

早いもので3月に入り
確実にあちこちに春の兆しが感じられるようになりました。

今週のテーマは“風”ですね。

私は毎朝起きると、必ずベランダの扉を開けるのですが
室内から外へ出た途端、頬にすーっと風が当たる
その感触が大好きです。
何か、大きな外の世界とつながる瞬間なのかもしれません。

そして

風が運んでくれる季節の花の香りや、土の匂いを嗅ぎながら
外の世界に自分が溶け込んでいくような
馴染んでいく感覚がとても好きです。

目に見えないのに
確かにそこに存在している不思議な“風”。

風が通り過ぎていくあちこちで、人間だけに限らず
動植物や、小石に至るまであらゆるものが
何か目に見えないものを受け取り、感じていく。

それは愛かもしれないし、希望というものかもしれない。

私も風のようになりたい。

「自分を風に変えてみせた少年」のことをふと思い出しました。
私の大好きな本のひとつ『アルケミスト』です。

もしまだ読んでいない方がいらっしゃったら
是非読んでみて下さい。
posted by nlpfield at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ふみこの日記

2011年03月01日

ハンドルは誰の手に・・・

少年は、時折さみしい顔を見せることがあった。


彼は、生まれてから自分の父母を知らない。
そして今親戚の家に預けられている。
だから、
いつも他人の家にいるような感じていた。


「みんなに迷惑がかからないように・・・」


少年の口癖だった。

知らないうちに身体が緊張しながらも
寂しさを隠すために周りには無理に笑顔を作って
陽気に振舞っていた。



そんな彼にとっての楽しみは
雲のない大空を眺めることだった。

その冬空には大きな凧が泳いでいた。

父と楽しそうに遊ぶ子どもの姿を見ては
少年も夢の中で、顔も知らない父と遊んでいた。


そして、もう一つの心が安らぐ瞬間が
冬から春に訪れを知らせる温かな風だった。

この風に包まれると
かすかな記憶にある母のぬくもりを感じることができた。

そのぬくもりが、
固くなった少年の心へじんわりと
染み込んでいった。


少年は、紙飛行機を作ることが好きだった。
丁寧に紙の両端を合わせて、
指先でしっかりと折り目をつけた。

左右のバランスと重心の位置を
いつも確かめた。

少年が紙飛行機を作るきっかけになったのが
ある日のテレビに映っている飛行船だった。

海外の様々な国を飛び回る飛行船だった。


大空に優雅に飛んでいく姿が
少年の目を輝かせた。

風に任せて、
彼の知らない世界を訪れることが
彼の夢になった。


しかし、少年の飛行機は
いつも気まぐれな風にあおられて
遠くに飛ぶことはなかった。

そこが自分の世界の限界だった。

少年は、きっと自分の幸せは
あの世界の先にあるんだろう、と思っていた。



ある時、一人の男が現れた。
あの世界の先に連れて行ってくれるという。

少年は、考えた。


「みんなに迷惑がかからないように・・・」

少年の口癖がでた。

自分が遠くその先に行くと、
ここに帰ってこれないような気がしたからだ。

親戚とはいえ、
急にいなくなったら心配するし、
少年は誰にも迷惑を掛けたくはなかった。



「時間がないんだ。」
男は言った。

「時間がない。」
少年はつぶやいた。

そのとき、自分に流れてくる
温かな風を受けた。
春の薫りがした。


「どこにいくの?」
少年はきいた。

「どこでも。風の通るところなら。」
男は答えた。



「そこに行ったら?」
少年は尋ねた。

「そこに行くまでの方がきっと楽しい。」
男は答えた。


少年は、男の手を掴んだ。

「風の方へ」


男は言った。

「君の行きたいところへ」



少年の心は何かから解き放たれた。


******


男は夢から覚める。


夢と同じ香りが風とともにやってきた。


風はどこでもいける。

風だけだろうか?


風は気まぐれに流れているのだろうか?


ぼくはどこに流れていくのだろうか?


風の中のぼく、、、ぼくの中の風、、、、


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